醍醐寺三宝院・庭園
世界文化遺産「古都京都の文化遺産」の構成資産のひとつが醍醐寺。歴代座主が居住する本坊的な機能を有しているのが三宝院です。庭園は、豊臣秀吉が基本設計をしたと伝えられる名園で、国の特別史跡・国の特別名勝に重複指定されています…
世界文化遺産「古都京都の文化遺産」の構成資産のひとつが醍醐寺。歴代座主が居住する本坊的な機能を有しているのが三宝院です。庭園は、豊臣秀吉が基本設計をしたと伝えられる名園で、国の特別史跡・国の特別名勝に重複指定されています…
万治元年(1658年)に島津家19代、薩摩藩第2代藩主・島津光久(しまづ みつひさ)が別邸として造園した庭園が仙巌園で、通称「磯庭園」。園内には奇岩奇石が多く、中国江西省・龍虎山の仙巌に似ていることから「仙巌園」と名付け…
『源氏物語』の作者・紫式部(むらさきしきぶ)の父・藤原為時(ふじわらのためとき)は、長徳2年(996年)、越前守(越前国守)として越前に赴任(越前国庁は現在の越前市にあったと推測されますが定かでありません)。その際、娘の…
臨済宗妙心寺派の妙心寺の塔頭(たっちゅう=支院)のひとつで、波多野出雲守重通が応永11年(1404年)に創建したのが退蔵院。妙心寺の塔頭の中でも屈指の古刹で、退蔵院の庭園は妙心寺の庭園を代表する傑作です。室町時代、狩野元…
備中高梁(岡山県高梁市)にある臨済宗永源寺派の古刹、頼久寺。永正年間(1504年〜1521年)、備中松山城主・上野頼久が足利尊氏の建てた安国寺を再興、寺号を安国頼久寺とした。国の名勝にも指定の頼久寺庭園は、小堀政一(こぼ…
天王寺公園内にある林泉回遊式庭園が慶沢園(けいたくえん)。明治時代〜大正時代に京都の平安神宮神苑、円山公園、清風荘、無鄰菴など数々の庭園を作庭した第7代小川治兵衞の施工で、飛石や橋をめぐらせ、躍動する水の動きを足下に感じ…
近江長浜(滋賀県長浜市)の安藤家の祖は藤原姓を名乗り、室町時代に長浜に住み始めたと伝わる旧家。3代目の安藤祐正(あんどうすけまさ)は、賤ヶ岳合戦で功績を挙げ、秀吉により長浜の自治を託された長浜十人衆の筆頭・長浜三年寄とし…
明治20年に明治天皇・皇后の行幸啓の行在所(休憩所)として、滋賀県坂田郡長浜町(現・長浜市)の実業家で太湖汽船頭取の浅見又蔵が建設したのが慶雲館。命名したのは、同行した初代総理大臣である伊藤博文といわれています。3ヶ月余…
識名園は、1799年に造営された琉球王家最大の別邸。国王一家の保養のほか、中国皇帝の使者である冊封使(さっぽうし)の接待にも利用された場所です。国の特別名勝に指定され、世界文化遺産「琉球王国のグスク及び関連遺産群」の構成…
渉成園(しょうせいえん)は真宗本廟(東本願寺)の飛地境内地であり、周囲にカラタチ(枳殻)が植えられていたことから枳殻(きこく)邸とも呼ばれる池泉回遊式庭園。寛永18年(1641年)、徳川家光から土地の寄進を受け、承応2年…
文化10年(1813年)、彦根藩11代藩主・井伊直中(いいなおなか)の隠居に際して再整備されたのが玄宮園。隣接する楽々園とともに江戸時代には「槻御殿」(けやきごてん)と呼ばれた彦根藩の下屋敷(二の丸御殿)でした。その玄宮…
彦根城の二の丸に築かれた大名庭園が玄宮園。庭園内の築山(つきやま)に造られた茶室が鳳翔台(ほうしょうだい)です。彦根藩主が客人をもてなすために建てた客殿。今では入園者の休息所となっていて、湖東三山の名水として有名な十王村…
彦根城の北東の位置する大名庭園が玄宮園(げんきゅうえん)。彦根藩第4代藩主・井伊直興(いいなおおき)が廷宝7年(1679年)に完成させた、彦根城二の丸御殿に付随する二の丸庭園。唐の玄宗皇帝(8世紀)の離宮を模して造られて…
天平11年(738年)、行基開山と伝えられる古刹が京都府木津川市の浄瑠璃寺(じょうるりじ)。永承2年(1047年)、義明上人が、薬師如来を本尊に小さな堂を建立。保元2年(1157年)に現在の本堂(九体阿弥陀堂)が建てられ…
豊臣秀吉の「醍醐の花見」で知られる醍醐寺(だいごじ)の塔頭(たっちゅう)で、永久3年(1115年)、醍醐寺第14世座主勝覚(しょうがく)僧正が創建したのが現在の三宝院(当時は金剛輪院)。応仁の乱の戦火で焼失しますが、慶長…
南禅寺大方丈前の庭園は江戸時代初期の代表的枯山水庭園。小堀遠州(こぼりえんしゅう)作の名庭で、虎の子渡しの庭と呼ばれています。砂と石と松で構成された庭は、石で虎を表し、白砂で表現した河を渡る姿となっていることがその名の由…
金地院(こんちいん)は、南禅寺の塔頭寺院のひとつで、応永年間(1394年〜1428年)に足利義持(あしかがよしもち)が洛北の鷹ヶ峯(たかがみね)に創建。慶長10年(1605年)頃に以心崇伝(いしんすうでん)が南禅寺塔頭と…
南禅寺の塔頭(たっちゅう)寺院のひとつで、亀山天皇が文永元年(1264年)に造営した離宮・禅林寺殿(ぜんりんじどの)の天上宮の跡地に建ち、天皇を祀るため別院とされているのが南禅院。天上宮の別名が南禅院でまさに天上宮の後身…