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飽富神社『筒粥の神事』|袖ケ浦市

飽富神社『筒粥の神事』

1月14日20:00頃〜1月15日未明、千葉県袖ケ浦市の飽富神社(あきとみじんじゃ)で『筒粥の神事』が行なわれます。『筒粥の神事』は、農業神らしく、占う葦の束に詰まった粥の量で稲、麻、麦、大豆などの農作物の作柄を占う古くから伝わる伝統行事(作物の作柄を占う農耕儀礼)。占いが終わるのは、例年15日の深夜1:30頃。

禊が慣行され、旧家の役割が昔のままに伝えられています

飽富神社は平安時代編纂の『延喜式神名帳』に記載される古社で、創建は社伝によれば神代(綏靖天皇元年=紀元前581年)にまで遡ると伝えられます。
祭神の倉稻魂命(うがのみたまのみこと)の「うか」は、穀物、食物のことで農業神。
稲荷神(お稲荷さん)として広く信仰されています。

1月14日20:00頃、飽富神社境内の御粥殿に氏子が集まって準備。
0:00を過ぎると地区の青年数人が裸になって水を浴び、身を清め、その後、社務所に設けた結界の下で、若者4人がヒノキの臼と杵をこすり合わせて火を起こします。

囲炉裏の鉄鍋に米粉を入れて粥を作り、その中に9本、5本、7本、24本、30本の合計75膳の葦の束を次々と入れ、煮えた粥が冷えた後、9本の束(ホンコ)を取り出し、中に詰まった粥の量を計って、その量から9種類の作物の作柄を占うもの。
粥が詰まった分量で大麦、小麦、麻衣、早稲、中稲、晩稲、稗(ひえ)、粟、大豆の順に作柄を判定し、結果表が氏子に配られます。

葦を密かに切ってくるのは、小河平左衛門家の当主。
囲炉裏の鉤と箸(ともに柳の木を用いる)を整えるのは中山市左衛門家の当主。
そして粥の米と版木を持ってくるのは多田兵庫家の当主と旧家の役割が今に伝承されています。

筒粥神事は、日本武尊ゆかりの国勝神社(くにかつじんじゃ/袖ケ浦市岩井464)でも、同日に齋行されています。
飽富神社、国勝神社ともに境内社に家康を祀る東照宮があることにも注目を。
飽富神社の東照宮は元和8年(1622年)、飯富村の領主・天野佐左衛門雄得が勧請したもの。
ちなみに鎮座地は飯富(いいとみ)ですが、これは飽富(あきとみ)が誤って伝承されたものと推測されています。

飽富神社のすぐ東側には袖ヶ浦公園があるので駐車場は公園を利用してぜひ寄り道を。
上池、下池という2つの池の周囲には展望台や万葉の里、郷土博物館、1月には葉ぼたんが美しい花の広場、江戸末期に代官を務めた旧進藤家住宅、大型遊具の「アドベンチャーキッズ」などが整備されています。

飽富神社『筒粥の神事』|袖ケ浦市
開催日時 1月14日20:00頃〜1月15日未明
所在地 千葉県袖ケ浦市飯富2863
場所 飽富神社
関連HP 袖ケ浦市公式ホームページ
電車・バスで JR内房線袖ケ浦駅からタクシーで5分
ドライブで 東京湾アクアライン連絡道袖ヶ浦ICから約4km
駐車場 袖ヶ浦公園駐車場を利用
問い合わせ 袖ケ浦市生涯学習課 TEL:0438-62-3744
掲載の内容は取材時のものです、最新の情報をご確認の上、おでかけ下さい。

 

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