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宮城道雄供養塔

宮城道雄供養塔

愛知県刈谷市神田町、刈谷市交通児童遊園前の東海道本線線路近くにあるのが宮城道雄供養塔。箏曲『春の海』などで知られる作曲家・宮城道雄は、昭和31年6月25日未明、関西方面への演奏旅行のため、夜行急行「銀河」に乗車中、刈谷駅の東500mを走行中の車両から転落死しています。

夜行急行「銀河」から転落死した供養碑

午前3:30頃、現場を通りかかった下り貨物列車(1189列車)の田中二三機関士から「三河線のガード付近に轢死体らしきものを見た」という紙を大府駅に落として連絡し、その一報を受け現場に向かった刈谷駅の職員に救助され、豊田病院(現・刈谷豊田総合病院)へと搬送されましたが(搬送時、手術時には意識がありました)、7:15に病院で死亡。
大小6ヶ所の裂傷で、25針を縫いましたが、その後、急変し亡くなったのです。

宮城道雄は盲目だったため、トイレのドアと乗降口を間違えたという可能性が大で、女優の高峰秀子も「内田先生(注/宮城道雄と親交のあった作家・内田百閒のこと)も書かれているように、私も、あんなに『カンの悪い盲人』に出会ったのは初めてだった」と記しています。

当時の急行「銀河」(13列車)は、東海道本線全線電化の直前(昭和31年11月19日全線電化)で、デッキに開放型のドアがある列車(2等の座席緩急車が主体でした)。
連結される1等寝台のマイネ40も、車両の両側にデッキのある両デッキ車でした。
東京を20:30に出発、横浜21:05、静岡23:58と停車し、名古屋には3:21。
つまり刈谷を3:00頃通過していることに。

命日の6月25日は遺作の歌曲にちなみ、「浜木綿忌」が行なわれています(墓所は東京都台東区の谷中霊園)。
神戸の旧居留地58番地(現・三井住友銀行神戸本部ビル東側)に生誕地の碑があり、東京都新宿区中町に「宮城道雄記念館」が建っています。

宮城道雄供養塔
名称 宮城道雄供養塔/みやぎみちおくようとう
所在地 愛知県刈谷市神田町3-25
関連HP 刈谷市観光協会公式ホームページ
電車・バスで JR刈谷駅・名鉄刈谷駅から徒歩10分
ドライブで 伊勢湾岸自動車道豊明ICから約8km
問い合わせ 刈谷市役所文化振興課 TEL:0566-62-1037
掲載の内容は取材時のものです。最新の情報をご確認の上、おでかけ下さい。

 

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