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石堂寺

石堂寺

千葉県南房総市石堂にある天台宗の古刹が、石堂寺(いしどうじ)。寺伝によれば和同元年(708年)、奈良の僧・恵命と東照が秘宝アショカの王塔を護持してこの地を訪れ、草庵を結んだのが始まりとか。創建当時は石塔寺(せきとうじ)で、近江、上州の石塔寺とともに「日本三石塔寺」に数えられていた名刹。

本堂、薬師堂、多宝塔は国の重要文化財

多宝塔は国の重要文化財

神亀3年(726年)、聖武天皇の勅願で行基が堂宇を建立、仁寿元年(851年)、円仁(慈覚大師)が来山して七堂伽藍を整備したと伝わります。
戦国時代には足利氏、丸氏、里見氏の尊崇を受けて、関東を代表する天台寺院として栄えました。
往時には聖徳太子創建の伝承をもつ近江(滋賀県東近江市)の阿育王山石塔寺、上州(群馬県富岡市妙義町)にあった石塔寺(明治の神仏分離で廃寺となり、現在は妙義神社となっています/妙義神社総門は、旧白雲山石塔寺仁王門)とともに「日本三石塔寺」に数えられていた名刹です。

石塔寺でなく石堂寺なのは、下野喜連川藩初代藩主となった足利頼純(あしかがよりずみ)が当寺で育ち、幼名の石堂丸に因んで鎌倉時代に改名したのだとか。
足利頼純は国府台合戦で父・足利義明が戦死すると安房を領有した戦国大名・里見氏を頼って安房に落ちのび、その庇護を受け、石堂寺で育ったと伝えられています。
江戸時代に入り、足利将軍家の血筋ということで嫡男・国朝が下野国喜連川城を領し、足利頼氏が足利氏後裔喜連川家の名跡を継ぎ、大名に出世(喜連川藩を立藩)しています。

仁王門をくぐり、参道を上った先に本堂、薬師堂、鐘楼、多宝塔、客殿などが建ち並び、壮観。
永正10年(1513年)再建の本堂、天正3年(1575年)建立の薬師堂、天文14年(1545年)建立の多宝塔はいずれも国の重要文化財。

境内周辺は千葉県郷土環境保全区域に指定される緑豊かな聖域です。

石堂寺
名称 石堂寺/いしどうじ
所在地 千葉県南房総市石堂302
関連HP 石堂寺公式ホームページ
電車・バスで JR館山駅から館山日東バス丸川谷線川谷行き、または、丸細田行きで石堂寺前下車
ドライブで 富津館山道路富浦ICから約13km
駐車場 あり/無料
問い合わせ 石堂寺 TEL:0470-46-2218/FAX:0470-46-4118
掲載の内容は取材時のものです。最新の情報をご確認の上、おでかけ下さい。

旧尾形家住宅

千葉県南房総市石堂、石堂寺の墓地横に建つ古い農家が旧尾形家住宅。尾形家は中条流(豊臣秀吉の家臣・中条帯刀を祖とする産婦人科の流派)の医者、尾形宮内を初代とし、珠師ヶ谷(しゅしがやつ)の名主を務めた名家。現存する建物は享保13年(1728年)

 

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