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刑部岬(飯岡灯台)

刑部岬(飯岡灯台)

犬吠埼から九十九里へと続く「東洋のドーバー」と呼ばれる屏風ヶ浦の断崖。その南端、断崖が途切れる岬が刑部岬(ぎょうぶみさき)。一帯は上永井公園として整備され、そこに建つ白亜の灯台が昭和31年初点灯の飯岡灯台です。「日本の朝日百選」、「日本の夕陽百選」、「日本夜景遺産」、「関東の富士見百景」、「日本の夜景百選」に選定の絶景の地。

刑部岬に建つ白亜の灯台、そしてその沖には幻の佐貫城が!?

刑部岬一帯は上永井公園として整備
飯岡漁港を眼下に

映画『打ち上げ花火、下から見るか? 横から見るか?』(岩井俊二監督)、映画『ジュブナイル』(山崎貴監督)の舞台(ロケ地)にもなっており、眼下には飯岡漁港を眺望。
逆に飯岡漁港から見上げれば、60mほどの断崖が続く屏風ヶ浦の南端に、白亜の灯台が立っているのがわかります。

また名洗(なあらい)から刑部岬にかけての約10kmにわたる海岸沿いには、高さ40m〜50mの断崖絶壁が連なり、「東洋のドーバー」の別名もある屏風ヶ浦となっています。

平安時代後期には海岸線が数キロ沖合にあったと推測され、源頼朝が築城し、源義経の四天王のひとり・片岡常春(両総平氏一族・海上庄司常幹の子)の居城だった佐貫城があったと伝えられますが今は海の中に没しています(700年間に6km近く陸地が後退)。
平安時代には、下総国海上郡三崎庄(海上庄)で、その領主が源平合戦でも活躍したという片岡常春だったのです。

刑部岬という地名も、片岡常春に仕えた家老・鬼越刑部(おにごえぎょうぶ)に由来。
鬼越刑部の居宅が岬の崖下にあったのだという。
片岡常春は、『延慶本平家物語』に壇ノ浦の戦いで海中から浮かび上がった神爾を拾い上げる手柄を立てたと記される武将で、義経自害の奥州合戦前後に滅亡。

飯岡漁港から刑部岬を見上げる(左上が刑部岬)
刑部岬から銚子に向かって屏風ヶ浦の断崖が続く
刑部岬(飯岡灯台)
名称 刑部岬(飯岡灯台)/ぎょうぶみさき(いいおかとうだい)
所在地 千葉県旭市上永井1309-1
関連HP 旭市公式ホームページ
電車・バスで JR旭駅から千葉交通バス銚子双葉町行きで20分、灯台入口下車、徒歩10分
ドライブで 銚子連絡道路横芝光ICから約26.2km。または、東関東自動車道佐原香取ICから約33km。東総有料道路大角ICから約25.5km
駐車場 60台/無料
問い合わせ 旭市商工観光課 TEL:0479-62-5338
掲載の内容は取材時のものです、最新の情報をご確認の上、おでかけ下さい。

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