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大空山砲台跡(大空山公園)

大空山砲台跡(大空山公園)

広島県呉市、黒瀬川河口、阿賀港を眼下にする標高205mの山上に広がる大空山公園は、大空山砲台跡。日露戦争開戦の前年、明治36年、バルチック艦隊の迎撃などを想定し、築かれた砲台で上陸して背後から呉軍港を攻める敵軍から守備するための砲台です。

広島湾要塞の一部として明治36年に設置された砲台の跡

広島湾要塞廃止に伴い大正15年にいったん廃止され、第二次世界大戦末期の昭和19年に、高射砲陣地に転用されました。

陸軍砲台時代の砲台床、火薬庫が現存。
砲台床には、明治時代に28cm榴弾砲4門が配備される予定でしたが、結果としては配備されることなく、大正15年に廃止され、昭和19年の海軍防空砲台に転用となってから八八式7.5cm野戦高射砲6門が備えられました。

呉湾(広湾)を守る砲台群として、高烏台砲台跡とともに日本遺産「鎮守府 横須賀・呉・佐世保・舞鶴~日本近代化の躍動を体感できるまち~」の構成資産にもなっています(文化財指定はありません)。

大空山公園展望台も設置され、呉市東部地域を一望に。

狭いながらも山上の駐車場まで車道が通じており、JR安芸阿賀駅から徒歩の場合も車道を歩くことに(徒歩30分)。

大空山砲台跡(大空山公園)
名称 大空山砲台跡(大空山公園)/おおぞらやまほうだいあと(おおぞらやまこうえん)
所在地 広島県呉市阿賀町
関連HP 呉市公式ホームページ
ドライブで 広島呉道路呉ICから約5km
駐車場 15台/無料
問い合わせ 呉市文化振興課 TEL:0823-25-3462/FAX:0823-24-9807
掲載の内容は取材時のものです。最新の情報をご確認の上、おでかけ下さい。

高烏砲台跡

明治32年、帝国陸軍が広島湾(呉港)への外国艦船の侵入を防ぐために、音戸の瀬戸に臨む標高216mの高烏台(たかがらすだい)に築いた28センチ榴弾砲6門を装備した砲台の跡が高烏砲台跡。現在は音戸の瀬戸公園の一部で、平清盛の日招き像が立っていま

 

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