鹿児島県志布志市にある中世の山城が、志布志城(しぶしじょう)。築城年代は不明ですが、南北朝時代には拡充されています。志布志小学校の裏山の内城(本丸)が中心で、西の松尾城、志布志中学校に近い高城、新城で構成され、現在の志布志市街を取り囲む山々全体が城郭といった感じです。続日本100名城に選定。
シラス台地を掘り込んだ空堀が迷路のように続く
志布志城は、中世を通じて城主が代わりながらも、島津方の前線拠点として機能していました。
中心となる内城(本丸)は、南北600m、東西300mで、空堀で隔てられた6つの廓があります。
複雑に入り組んだ空堀(シラス台地を掘り下げた堀)が見どころで、迷路のような雰囲気すら醸し出しています。
見学コースのある内城(本丸)が登城に最適で(高城、新城は私有地のため立入不可)、登城口からいきなり空堀が始まります。
搦手口(からめてぐち=裏口)付近の空堀は、被写体にも絶好。
内城(本丸)からは志布志市街と志布志港を眼下にしますが、実は、この志布志港が大隅半島の物資搬入の拠点なので、志布志城を巡る争奪戦が展開されることになったのです。
もともと志布志津(志布志港)は、平安時代末期に開かれた大隅、薩摩、日向中南部にまたがる日本一広大な荘園・島津荘(しまづのしょう=近衛家領荘園)の唯一の湊。
江戸時代には商都として発展しますが、それ以前の中世にも交易で繁栄していたのです。
志布志城は元和元年(1615年)の一国一城令で廃城となっているため、近世的な石垣、天守などは築かれていません。
志布志城 | |
名称 | 志布志城/しぶしじょう |
所在地 | 鹿児島県志布志市志布志町帖6380 |
関連HP | 志布志市公式ホームページ |
電車・バスで | JR志布志駅から徒歩20分 |
ドライブで | 東九州自動車道志布志ICから約2.5km |
駐車場 | あり/無料 |
問い合わせ | 志布志市埋蔵文化財センター TEL:099-472-0140 |
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