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化粧坂

化粧坂

海蔵寺から源氏山公園へつながる化粧坂(けわいざか)の切り通し。武蔵国府(現在の府中市・国分寺市)へと通じる古道の鎌倉側の入口で「鎌倉七切通し」(鎌倉七口)のひとつになっています。昼なおうっそうとした暗い道で、昔ながらの土の山道となっています。一部にはすり減った鎌倉石の石段なども見られ、往時を偲ぶこともが可能。

「鎌倉七切通し」(鎌倉七口)のひとつで、土の坂道が現存

源氏山公園と結んで、新緑や紅葉時の散策には欠かせない道ながら、足ごしらえには留意を。
12月中旬頃、カエデや雑木の紅葉が見頃を迎えます。

化粧坂という坂名の由来は、平家の武将の顔に化粧をして首実検をしたから、身だしなみを整えて鎌倉に入る場所、あるいは険しい坂の転訛など諸説あって定かでありません。

元弘3年(1333年)、新田荘(現・群馬県太田市)を拠点とする新田義貞(にったよしさだ)は、後醍醐天皇の幕府追討の令旨により挙兵し、鎌倉を目ざします。
5月15日・5月16日の分倍河原の戦い、関戸の戦いで幕府軍を敗った新田軍は天然の要害である鎌倉に迫ります。
鎌倉は三方を山に囲まれた天然の要害で、鎌倉への侵入には7ヶ所の切り通しのいずれかを突破する必要がありました。

激戦となったのはこの化粧坂と極楽寺坂。
化粧坂は、新田軍と幕府軍で4日にも及ぶ激戦が繰り広げられましたが結局突破は叶いませんでした。
このとき化粧坂は両軍の血で赤く染まった伝えられています。

稲村ガ崎から突入した新田軍が鎌倉に火を放ち、執権・北条一族は東勝寺で自害。
鎌倉幕府の滅亡とななったのです。

ちなみに「鎌倉七切通し」(鎌倉七口)とは、極楽寺坂切通し、大仏切通し、亀ヶ谷坂、巨福呂坂、朝夷奈(朝比奈)切通し、名越切通しと化粧坂です。
「鎌倉街道-七口切通」として文化庁の「歴史の道百選」に選定されるほか、化粧坂、朝夷奈切通、名越切通、大仏切通は、日本遺産「いざ、鎌倉」~歴史と文化が描くモザイク画のまちへ~の構成資産にもなっています。

化粧坂
名称 化粧坂/けわいざか
所在地 神奈川県鎌倉市扇ガ谷
電車・バスで JR鎌倉駅西口から徒歩20分
ドライブで 横浜横須賀道路朝比奈ICから約7km
駐車場 なし/周辺の有料駐車場を利用
掲載の内容は取材時のものです、最新の情報をご確認の上、おでかけ下さい。

鎌倉七口とは!?

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源氏山公園

2020年2月23日

朝比奈切通

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2018年6月6日

 

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