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高知城・詰門

高知城の本丸と二の丸をつなぐ櫓門が詰門。北面は入母屋造り、廊下門(国の重要文化財)に接続する南面は、本瓦葺きとなり、門内に侵入した敵が簡単に通り抜けられないよう筋違いのからくり門としての役目も果たしています。高知城に現存する15棟の国の重要文化財のひとつ。

本丸と二の丸をつなぐ櫓門は国の重文

藩政時代には「橋廊下」と呼ばれ、1階は籠城用の塩蔵、2階は本丸、二の丸を結ぶ渡廊下で、家老・中老などの詰所として用いられていました。
詰門の呼称はここからきているもの。

二の丸には藩主の居住空間である二の丸御殿がありました。

詰門は本丸御殿(懐徳館)の入口にもなっています
高知城・詰門
名称高知城・詰門/こうちじょう・つめもん
所在地高知県高知市丸ノ内1-2-1
関連HP高知城公式ホームページ
電車・バスでとさでん交通高知城前下車、徒歩10分
ドライブで高知自動車道高知ICから約5.5km
駐車場高知公園駐車場(65台/有料)
問い合わせ高知城管理事務所 TEL:088-824-5701/FAX:088-824-9931
掲載の内容は取材時のものです、最新の情報をご確認の上、おでかけ下さい。

高知城(高知公園)

高知城は、1601(慶長6)年から10年の歳月を費やし、土佐藩の初代藩主・山内一豊(やまうちかつとよ)が築城した平山城。現存する天守は、1727(享保12)年に城下の大火の延焼で焼失後、1753(宝暦3)年に再建されたもの。天守、詰門、多聞

 

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