京都府京都市東山区、幕末勤王の志士たちを祀る京都霊山護國神社の参道が維新の道。東大路通りと京都霊山護國神社を結ぶ300mほどの参道ですが、霊山歴史館、白衣観音坐像の霊山観音(りょうぜんかんのん)、「翠紅館」跡もあり、坂本龍馬をはじめ1043名の幕末維新の志士が眠る霊山墓地(りょうぜんぼち)にも通じるので維新の道と呼ばれています。
維新の道脇には攘夷の密談が行なわれた翠紅館も
明治100年にあたる昭和43年に「先覚者の精神に学び、明日のより良き日本を築いていく資とすることこそ大切ではないか」(初代会長の松下幸之助氏)と霊山顕彰会が結成され、史蹟公園「維新の道」が整備命名されました。
まさに現代と維新の志士との架け橋となる道で、「維新の道」という石碑の文字は松下幸之助氏の筆。
その石碑と道を挟んで向かいにあるのが、現在料亭「京大和」となった「翠紅館」跡。
「翠紅館」は、西本願寺の別邸で、幕末には攘夷派の志士たちが度々会合をもったといわれる場所です。
土佐勤王党を指揮した武市瑞山(たけちずいざん=武市半平太)や坂本龍馬、長州藩の久坂玄瑞(くさかげんずい)、桂小五郎(木戸孝允)、井上聞多(いのうえもんた)、久留米藩・真木和泉(まきいずみ)らも、ここを訪れています。
文久3年(1863年)、長州藩を中心とした尊王攘夷派が、攘夷の密談が行なった「翠紅館会議」で使用した広間は、現存。
法観寺・五重塔(八坂の塔)をはじめ、京都の町を一望する眺めのいい部屋です。
維新の道 | |
名称 | 維新の道/いしんのみち |
所在地 | 京都府京都市東山区清閑寺霊山町・下河原町 |
電車・バスで | 京阪本線四条駅から徒歩20分 |
駐車場 | 周辺の有料駐車場を利用 |
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