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東福寺・三門

東福寺・三門

京都市東山区にある臨済宗の東福寺派大本山、東福寺。京都五山の第四位の禅寺で、日本最古にして最大級の伽藍から「東福寺の伽藍面」(がらんづら)ともいわれるほど。参詣者を迎える壮大な三門は、応永32年(1425年)、室町幕府4代将軍・足利義持(あしかがよしもち)の再建で、国宝。

悟りに通ずる三つの解脱を覚悟する門

禅宗寺院における三門は、「空門」、「無相門」、「無願門」の三境地を得て仏国土に至る門としての「三解脱門」の略称。
「一切の姿形は空(空解脱門)」、「比べるべきものなど何もなく(無相解脱)」、「何もないものに望むことなどできない(無願解脱)」という禅宗の教理を表す象徴的な門になっているのです。
そのため、三門は、単なる玄関というだけでなく、最も重要な建物のひとつになっているのです。

東福寺の三門は、上層に宝冠釈迦如来と十六羅漢像を安置する五間三戸(正面の柱間が5ヶ所、うち中央3ヶ所が通路)の二重門。
禅宗様(唐様)、和様、大仏様(天竺様)の建築様式を取り入れており、現存する禅宗寺院としては最古で、最大最優の三門となっています。

京都非公開文化財特別公開(京都古文化保存協会主催)でのみ公開され、普段は非公開。

東福寺は鎌倉時代初期の嘉禎2年(1236年)の創建。
奈良の寺がモデルで、東大寺の大きさと、興福寺の隆盛を願い、それぞれ一字ずつ取って東福寺と命名されていますが、三門のスケール感からも、命名の由来が伝わってきます。

東福寺・三門は、南禅寺の三門、知恩院の三門などとともに京都三大門に数えられています(京都三大門には諸説あり、仁和寺の二王門、東本願寺の御影堂門などを数える場合もあります)。

ちなみに、現存する門を築いた足利義持は、応永30年(1423年)、禅の奥義を極め、かつ自由に政治活動を行なうため、将軍職を子の足利義量に譲り、足利市の菩提寺、臨済宗の等持院(とうじいん)で出家、応永32年(1425年)に足利義量が急死したため、再び義持が幕政を統括しています。
門が築かれたのは、まさにそんな時代で、足利将軍家と臨済宗(五山十刹)との深いつながりがわかります。

東福寺・三門
名称 東福寺・三門/とうふくじ・さんもん
所在地 京都府京都市東山区本町15-778
関連HP 東福寺公式ホームページ
電車・バスで JR東福寺駅・京阪本線東福寺駅から徒歩10分
ドライブで 名神高速道路京都南ICから約5km
駐車場 北駐車場(30台/無料)、紅葉期は利用不可
問い合わせ 東福寺 TEL:075-561-0087/FAX:075-533-0621
掲載の内容は取材時のものです。最新の情報をご確認の上、おでかけ下さい。

東福寺・光明院

京都府京都市東山区、京都五山で臨済宗の大本山・東福寺の塔頭(たっちゅう)のひとつが光明院。別名「虹の苔寺」と呼ばれ、知る人ぞ知る新緑・紅葉の名所。明徳2年(1391年)、金山明昶の開山で、方丈前の庭園「波心の庭」は、背後の傾斜を生かして重森

 

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