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艸墓古墳(カラト古墳)

艸墓古墳(カラト古墳)

奈良県桜井市、阿部丘陵にある方墳が、艸墓古墳(くさはかこふん)、カラト古墳とも呼ばれています。埋葬施設として横穴式石室(石室全長13.16m)があり、巨石を用いた大型石室で、古墳時代終末期の7世紀前半〜7世紀中葉の築造と推測されています。国の史跡。

古墳時代終末期の方墳は、安倍一族の墳墓!?

桜井市谷の住宅街の中に残された古墳で、すぐ近くには安倍文殊院があります。
南北28m、東西22m、高さ8mの方墳で、巨大な花崗岩を用いた横穴式石室が東南に開口。
内部に家形石棺が設置されています。
石棺の石材は加古川流域産(現・兵庫県)の竜山石で、その構造から、まず石棺を安置し、その後に石室、最後に墳丘を築いたと推測されています。
正式な発掘調査はされていないため、出土遺物は不明です。

カラト古墳のカラトとは、からびつ(唐櫃)のことで、かろうず(唐櫃)に転訛し、さらに「かろうと」、からととなったもので、全国的にも「石のカラト」という表現は数多く存在します。

阿部丘陵には墓室に巨石を使った巨石墳(大型石室古墳)が数多く、コロコロ山古墳→谷首古墳→文殊院東古墳→艸墓古墳(カラト古墳)→文殊院西古墳(国の特別史跡)の順で築かれています。

被葬者は定かでありませんが古代寺院(廃寺跡があります)の安倍寺(崇敬寺)は安倍倉橋大臣の建立とされるため、古代豪族の安倍氏一族の墳墓とも推測できます。

艸墓古墳(カラト古墳)
名称 艸墓古墳(カラト古墳)/くさはかこふん(からとこふん)
所在地 奈良県桜井市谷657
関連HP 桜井市公式ホームページ
ドライブで 西名阪自動車道郡山ICから約20km
掲載の内容は取材時のものです。最新の情報をご確認の上、おでかけ下さい。

 

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