サイトアイコン ニッポン旅マガジン

佐渡奉行所

佐渡奉行所

慶長6年(1601年)、佐渡が上杉氏支配から幕府支配に変わり、佐渡金山の開山にともない、老中配下の遠国奉行の一つとして置かれた佐渡奉行。慶長8年(1603年)には、大久保長安によって佐渡奉行所が創建。往時の建物は何度かの焼失で失われましたが、当時の絵図や明治時代の写真をもとに御役所を復元、現在一部が公開されています。

佐渡全島を統括、佐渡の繁栄を生み出したした「御役所」を復元公開

金銀を精製する寄勝場
金の精錬工程を一部体験できる作業場

天領(江戸幕府の直轄地)となった佐渡・相川。
佐渡奉行所は、行政を司る役所と、佐渡小判を製造する直営の工場を併設した稀有(けう)な奉行所で、国の史跡「佐渡金山遺跡」の一部になっています。

復元された佐渡奉行所には、裁きの場である「白洲(しらす)」の復元や金精製に使われた埋鉛などが復元展示されています。
金銀を精製する寄勝場(よせりば)の体験も可能。

佐渡奉行所の設置当初は「佐渡代官」と呼ばれており、正式に佐渡奉行と名乗ったのは、元和4年(1618年)着任の鎮目惟明(しずめこれあき=甲斐武田氏の家臣で、武田氏滅亡後に徳川家康・秀忠の近侍に)、竹村嘉理(たけむらよしまさ=大久保長安・徳川家康に仕え、小木港を整備)の代から。
佐渡奉行の仕事は、佐渡金山の経営改革(復興)もあり、港湾の整備、船舶による海上輸送の確保、新田の開発などもありました。

佐渡奉行所が開設され、佐渡奉行の積極的な施策によって島の経済が活性化しています。
とくに鎮目惟明は、名奉行として有名です。

復元された白洲
佐渡奉行所
名称 佐渡奉行所/さどぶぎょうしょ
所在地 新潟県佐渡市相川広間町1-1
関連HP 佐渡市公式観光情報サイト
電車・バスで 両津港から新潟交通佐渡バス本線で1時間10分、佐渡版画村下車、すぐ
ドライブで 両津港(佐渡汽船旅客ターミナル)から約27km
駐車場 10台/無料
問い合わせ 佐渡奉行所 TEL:0259-74-2201
掲載の内容は取材時のものです、最新の情報をご確認の上、おでかけ下さい。

 

この記事が気に入ったら
いいね!しよう

最新情報をお届けします

Twitter でニッポン旅マガジンをフォローしよう!

モバイルバージョンを終了