長崎県東彼杵郡川棚町の片島にある戦争遺跡が片島魚雷発射試験場跡。第二次世界大戦の最中、佐世保海軍工廠や三菱長崎兵器製作所で製造された魚雷の発射試験が行なわれた試験場の跡で、魚雷発射の状況を記録・確認するための観測所跡などが残され、フォトジェニックな風景を生んでいることからSNSで注目を集めています。
SNSで注目される戦争遺跡
現在は陸続きとなった片島ですが、魚雷発射試験場が築かれた大正7年には大村湾に浮かぶ島でした。
昭和17年に埋め立てが行なわれ、九一式航空魚雷を製造した川棚海軍工廠(かわたなかいぐんこうしょう)が開設されています(現在のJR川棚駅の南側一帯はすべて川棚海軍工廠でした)。
試射される魚雷(航空魚雷)は運搬台車で運ばれ、射場にセットされて長崎方向へと発射されました。
この試射で合格となった魚雷が船で佐世保鎮守府に運ばれたのです。
大正6年完成の空気圧縮喞筒所(くうきあっしゅくそくとうしょ)では、喞筒(ポンプ)を使って魚雷内の空気室に空気や酸素を圧縮して装気する作業を行なっていました。
長編アニメ映画『バケモノの子』(平成27年公開/細田守監督)の主人公・九太(きゅうた)と熊徹(くまてつ)が修行したシーンに使われています。
片島公園として整備された一角には、当時魚雷発射の状況を記録・確認するための観測所跡、魚雷発射試験場本部跡、魚雷の一時保管所として使われたトンネル、発射試験の成功を祈願した神社跡などが残されています。
戦況の悪化に伴い、航空魚雷部品の組み立て、片島での発射試験などにも、学徒動員された中学生、女学生、挺身隊員たちが参加しています。
戦況の悪化した昭和19年には、横須賀から魚雷艇の訓練所が移設され(川棚魚雷艇訓練所開設)、昭和19年9月頃からは、特攻艇(震洋)要員の養成を開始、さらに回天(人間魚雷)、伏龍(機雷)、蛟竜(小型潜水艇)などの特攻要員養成も行なわれています。
川棚魚雷艇訓練所で全国から志願、学徒動員された数万人の若者が日々訓練を受け、出陣し、3511名が尊い命を落としています。
その悲しい歴史を今に伝えるため「特攻殉国の碑」も建立されています。
見学にあたっては、遺構内部への立ち入りは厳禁(崩落などの危険があります)。
遺構が有する歴史を後世に受け継ぐためマナーを守って探索を。
片島魚雷発射試験場跡 | |
名称 | 片島魚雷発射試験場跡/かたじまぎょらいはっしゃしけんじょう |
所在地 | 長崎県東彼杵郡川棚町三越郷片島 |
関連HP | 川棚町公式ホームページ |
電車・バスで | JR川棚駅からタクシーで10分 |
ドライブで | 長崎自動車道東そのぎICから約11km |
駐車場 | 10台/無料 |
問い合わせ | 川棚町教育委員会 TEL:0956-82-2064 |
掲載の内容は取材時のものです。最新の情報をご確認の上、おでかけ下さい。 |
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