沖縄県南城市、知念の台地上にあるグスク(城郭)が、知念城(ちねんじょう)。按司(あじ)と呼ばれる首長たち抗争を繰り返したグスク時代前半期に知念按司が築城した城で、城郭は、野面積みの石垣で囲まれたクーグスク(古城/南東側)と、切石積の石垣で囲まれたミーグスク(新城/北西側)があります。
久高島を遥拝する友利御嶽が城内に
沖縄最古の歌集、琉球王国・尚清王時代の嘉靖10年(1531年)から尚豊王代の天啓3年(1623年)にかけて首里王府によって編纂された歌集『おもろさうし』(おもろ=思い、そうし=草子)の「やゝのきくたけが節」にも謡われた知念按司の居城、知念城(国の史跡)。
平成14年度から行なわれた発掘調査で13世紀〜15世紀を中心にした土器や輸入陶磁器、それに金属製品のほか、骨類や貝類などが出土しています。
城壁の東に正門、北に裏門とアーチ形の城門を有し、城内に沖縄の開闢(かいびゃく)伝説で名高い久高島の遥拝所・友利御嶽(ともりうたき)があり、周辺にはノロ(地域の祭祀を取り仕切り、御嶽を管理した女司祭)の屋敷跡、知念按司墓などが残されています。
友利御嶽は、琉球統一後に国王や聞得大君(きこえおおぎみ)が「東御廻り」(アガリウマーイ)の時に参詣した神聖な地。
久高島の遥拝所として尚王家の尊崇をうけ、18世紀前半に尚敬王(しょうけいおう/在位1713年〜1751年)が大修理が行なっています。
つまり、尚円王を始祖とし、琉球王国を統治した尚王家の権威による宗教的古城として沖縄史上重要な意味をもっている遺跡ということに。
知念城は、薩摩藩侵入後の1761年〜1903年の間は、島尻方の知念間切の番所(役所)が置かれていました。
台地上を走る県道86号と台地下の国道331号を結ぶ道の途中に駐車場があり、駐車場から舗装された道を歩くと石畳となり城郭があります。
ちなみに南城市内には29ヶ所のグスクがあり(歴史学的・考古学的な裏付けはないものの地域でグスクと呼ばれている史跡を含む)、知念城のほか、島添大里城、糸数城、玉城城、佐敷城などが有名です(以上の5ヶ所が国の史跡)。
さらに斎場御嶽(せーふぁうたき)は世界遺産の構成文化財になっています。
また知念城近くには知念岬公園、ニライカナイ橋(ニライカナイ橋展望台)があるので、あわせて見学を。
知念城 | |
名称 | 知念城/ちねんじょう |
所在地 | 沖縄県南城市知念知念上田原 |
関連HP | 南城市公式ホームページ |
ドライブで | 那覇空港から約22km |
駐車場 | あり/無料 |
問い合わせ | 南城市観光・文化振興課 TEL:098-946-8817 |
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