サイトアイコン ニッポン旅マガジン

星渓園

星渓園

現在の埼玉県熊谷市の発展に寄与した、竹井澹如(たけいたんじょ)が別邸「池亭」としていた場所が星渓園(せいけいえん)。上野国甘楽郡羽沢村(現・群馬県南牧村)出身の竹井澹如は、慶応元年(1865年)、熊谷宿の本陣竹井家を継ぎ、初代埼玉県議会議長を務めた人物。星渓園は幕末から明治初年に造営された回遊式庭園です。

洪水で誕生した湧水池を庭園に整備

27歳で、竹井家の当主となった竹井澹如は、その後、熊谷県庁(明治6年6月に熊谷県設置、明治9年8月埼玉県に)の誘致、熊谷堤の修築と桜の植樹、養蚕業の振興などに尽力、板垣退助と親交があったため「関東の板垣」とも呼ばれるほど業績を残しています。
熊谷県の誕生も、竹井澹如らが陸奥宗光に働きかけたことにより、当時の入間県と群馬県の一部とを合わせて熊谷県が誕生(県庁は熊谷寺)したもの。

総面積3613平方メートル庭園には、1020平方メートルの池を中心に、百数十種の植物が植栽され、四季折々の花が楽しめます。

池は元和9年(1623年)9月、荒川の洪水により星渓園の西側の土手(北条堤)が切れて生じたもので(この水害で石上寺が流出)、清らかな水が湧くことから「玉の池」と命名(往時には星川の源流でした)。
周囲の都市化により、昭和30年代に湧水が枯れたため、現在、池の水は六堰頭首工(ろくぜきとうしゅこう)から荒川の水を取水し、大里用水・成田用水を利用することで保っています(星川の水も六堰頭首工から取水)。

園内には、星溪寮、松風庵、積翠閣の3つの建物があり、庭には庭石や石造美術品の灯籠、層塔が配されています。

「星溪園」と命名されたのは、昭和初期。
京都・大徳寺の牧宗(ぼくしゅう)が命名したもの。
昭和25年に熊谷市が譲り受け、一般公開されています。

名称 星渓園/せいけいえん
所在地 埼玉県熊谷市鎌倉32
関連HP 深谷市公式ホームページ
電車・バスで JR熊谷駅から徒歩18分または、秩父鉄道上熊谷駅から3分
ドライブで 関越自動車道花園ICから
駐車場 熊谷市営本町駐車場(305台/有料)
問い合わせ TEL:048-522-9389
掲載の内容は取材時のものです。最新の情報をご確認の上、おでかけ下さい。

 

この記事が気に入ったら
いいね!しよう

最新情報をお届けします

Twitter でニッポン旅マガジンをフォローしよう!

モバイルバージョンを終了