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龍華院大猷院霊屋

龍華院大猷院霊屋

静岡県掛川市掛川、掛川城の北東、中世の掛川古城跡にあるのが龍華院大猷院霊屋(りゅうげいんたいゆういんおたまや)。明暦2年(1656年)、遠江掛川藩主・北条氏重(ほうじょううじしげ)が、3代将軍・徳川家光(大猷院殿)の霊牌を祀るために天台宗の寺、龍華院を建立したのが始まり。

御家断絶を避けるために大猷院霊屋を創建!?

北条氏重は、保科正直の四男で、母は久松俊勝の娘(徳川家康の異父妹)。
つまり北条氏重は2代将軍・徳川秀忠の従兄弟(いとこ)ということに。
家康の遺構で北条氏勝の養子となって跡を継ぎ、下総岩富藩主、下野富田藩主、下総関宿藩主、駿河田中藩主などを経て、掛川藩主に。
日光東照宮の普請をするなど、徳川家とは深い関係にありました。

徳川幕府への配慮と、家運の隆盛の願いを込めて大猷院霊屋(大猷院は徳川家光の法号)を築いていますが、女子しか生まれず、養子の届け出がなかったことから氏重の代で改易となり、義兄の北条繁広の家系が旗本として存続しています。

北条氏重は、万治元年10月1日(1658年10月27日)、64歳で没。
龍華院建立はその2年前で、嫡子なき北条氏重が御家断絶を阻むため、幕府に対する打開策だったともいわれていますが、その甲斐なく、断絶しています。

創建時の霊廟は、文化15年(1818年)、春日厨子と霊牌を残して焼失し、現存する霊屋は、文政5年(1822年)、遠江国掛川藩主で、11代将軍・徳川家斉の側近となった太田資始(おおたすけもと)の再建。
方三間、宝形造り、桟瓦葺きの小さな霊屋で全体に漆が塗られ、静岡県の文化財に指定。

ちなみに、北条氏重の四女は、旗本・大岡忠高(おおおかただたか)の正室で、名奉行と名高い大岡 忠相(おおおかただすけ)は、大岡忠高の子、北条氏重の孫なのです。

徳川家光の霊廟があるのは日光山輪王寺、上野の寛永寺のほか、この龍華院大猷院霊屋の全国3ヶ所だけ。
養林寺(群馬県前橋市)には供養塔、大頂寺(京都府宮津市)には位牌が祀られています(養林寺、大頂寺には徳川秀忠も祀られています)。

龍華院大猷院霊屋
名称 龍華院大猷院霊屋/りゅうげいんだいゆういんおたまや
所在地 静岡県掛川市掛川1104
関連HP 掛川市公式ホームページ
電車・バスで JR掛川駅から徒歩15分
ドライブで 東名高速道路掛川ICから約2.5km
駐車場 5台/無料
問い合わせ 龍華院大猷院霊屋 TEL:0537-21-7740
掲載の内容は取材時のものです。最新の情報をご確認の上、おでかけ下さい。

 

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