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遊行柳

遊行柳

栃木県那須郡那須町芦野にある柳が、遊行柳(ゆぎょうやなぎ)。松尾芭蕉のの敬愛した西行(さいぎょう)が「道のべに清水流るる柳陰 しばしとてこそ立ちどまりつれ」と歌ったと伝わる地で、『奥の細道』途中で芭蕉も立ち寄り、「田一枚 植ゑて立ち去る 柳かな」と詠んでいます。

西行が、芭蕉が、与謝蕪村が訪れた柳

元禄2年4月19日(1689年6月6日)、松尾芭蕉は、珍しく快晴のこの日、曽良を伴って那須湯本の殺生石を訪れた後、遊行柳に立ち寄り、「田一枚 植ゑて立ち去る 柳かな」と詠んでいます。
西行は「しばしとてこそ立ちどまりつれ」と歌っていますが、芭蕉もこの木陰で西行の心を偲び、田植えのさまを眺めているうちに、すでに一枚を植え終わるまでの時間を過ごし、ようやく柳から立ち去っていくと詠んだのです。

『奥の細道』には「又、清水ながるゝの柳は、蘆野の里にありて、田の畔に残る。此所の郡守戸部某の、『此柳みせばや』など、折をりにの給ひ聞え給ふを、いづくのほどにやと思ひしを、今日此柳のかげにこそ立より侍つれ」と記されています。

蘆野の里は、奥州道中の下野国最北の芦野宿のこと。
当時、芦野を治めていたのは芦野氏19代当主の芦野資俊(あしのすけとし)で、芭蕉の門人。
その芦野資俊は、以前から芭蕉に遊行柳立ち寄りを勧めていたのです。

現存する遊行柳は、何代も植え替えられてきたものです。
室町時代の能楽師・観世信光(かんぜのぶみつ)が『遊行柳』として能に仕立てて以来、有名になった柳で、芭蕉を慕った俳人・与謝蕪村(よさぶそん)も「柳散清水涸石処々」(やなぎちりしみずかれいしところどころ)と漢詩調の句を詠んでいます。

遊行柳
名称 遊行柳/ゆぎょうやなぎ
所在地 栃木県那須郡那須町芦野
関連HP 那須町観光協会公式ホームページ
ドライブで 東北自動車道那須ICから約16km
問い合わせ 那須町観光協会 TEL:0287-76-2619
掲載の内容は取材時のものです。最新の情報をご確認の上、おでかけ下さい。

 

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