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まるや八丁味噌

まるや八丁味噌

愛知県岡崎市八帖町にある八丁味噌の老舗がまるや八丁味噌。八丁味噌の名は、岡崎城から西へ八丁(870m)の距離にある八帖町(旧八丁村)に由来。料亭の味としても欠かせない八丁味噌のルーツである「まるや八丁味噌」は、みやげの販売もあるほか工場見学も可能です。

工場見学で、木桶で仕込む八丁味噌を知る

厳密にいえば、太田弥治右ェ門家を由来とするまるや八丁味噌と早川久右衛門家を由来とするカクキューの2社のみが八丁味噌のメーカーで(八丁味噌協同組合を構成)、今も、昔ながらに木桶に味噌を仕込み「二夏二冬」熟成させて生まれるのが八丁味噌です。

工場見学は、平成18年放送のNHK連続テレビ小説『純情きらり』のロケ地にもなった江戸時代の後期から続く味噌蔵を見学し、最後に八丁味噌が味の決め手の「みそだれ」でこんにゃくを試食するもの。
売店では自慢の有機八丁味噌や赤だし味噌、肉みそ風おかず味噌、愛知県の名物でもある「味噌おでんどて煮入り」、さらにはみそかりんとう、山ごぼうの味噌漬けなどを購入できます。
売店で販売される粒が残ったままの八丁味噌は、蔵元でしか購入できない逸品です。

オンラインショップも用意され、ネットでの購入も可能です。

八丁味噌とは!?

八丁味噌(豆味噌)は愛知、岐阜、三重の東海3県だけで使われてきた特殊な味噌。
八丁味噌を赤だし味噌と誤解している人も多いのですが、長期熟成させた豆味噌(豆麹で作られる豆味噌)が八丁味噌。
愛知県では赤味噌、イコール豆味噌で、赤味噌(豆味噌)をベースに、米味噌などを加えたものが赤だし味噌です(まるや八丁味噌では、八丁味噌に豆味噌、米味噌などを調合したもの、出汁は入っていません)。

大田家の口伝によれば、酒造業を営む太田弥治右ェ門が延元2年(1337年)に生み出した自家用味噌がルーツで、その後、研究を重ねた弥治右ェ門は、独自の製法による味を確立します。
初代当主・大田弥治右衛門の「や」をとった「まるや」は、大田家が衰退した後、親族の加藤家によって受け継がれていきました。

八丁味噌は、戦国時代には徳川家康も戦場で活用。
たとえば織田信長が今川義元を急襲したことで知られる桶狭間の合戦では、徳川軍は「戦陣にぎり」と称して八丁味噌が兵食として使われているのです。
矢作川の舟運と旧東海道が交わる交通の要衝だった八丁村(現・岡崎市八帖町)で生産される八丁味噌は、その後、矢作川の水運、廻船を利用し江戸、大坂へと運ばれ、全国的なブランドと発展します。
原料の大豆や塩は舟運で運び入れることができ、矢作川の良質な状流水は味噌造りに欠かせないものだったのです。
塩は、西尾の饗庭塩(あえばじお)を使っていたことから、まさに三河の中心、岡崎の風土と地勢が生んだ逸品だといえるでしょう。

まるや八丁味噌
名称 まるや八丁味噌/まるやはっちょうみそ
所在地 愛知県岡崎市八丁町往還通52
関連HP まるや八丁味噌公式ホームページ
電車・バスで 愛知環状鉄道線中岡崎駅からすぐ、または、名鉄岡崎公園駅から徒歩3分
ドライブで 東名高速道路岡崎ICから約4km
駐車場 50台/無料
問い合わせ まるや八丁味噌 TEL:0564-22-0222
掲載の内容は取材時のものです。最新の情報をご確認の上、おでかけ下さい。

岡崎城

岡崎城(愛知県岡崎市)は、徳川家康が出生した城として有名。天守は明治時代に取り壊され、現在の天守は、昭和34年の再建で、1617年(元和3)に本多忠利が再建したものをモデルとしたもの。2〜4階は、江戸時代の岡崎を紹介する資料館として公開され

八丁蔵通り

岡崎城から八丁(870m)離れていたことからその名がついた八丁村(現在の愛知県岡崎市八丁町)は岡崎の名物、八丁味噌の生産地。平成18年度前期のNHK連続テレビ小説『純情きらり』の舞台となった岡崎の八丁味噌蔵の通りが、八丁蔵通りです。カクキュ

 

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