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きみまち阪

きみまち阪

秋田県能代市二ツ井町、大きく蛇行する米代川の畔にある、かつての羽州街道の難所のひとつだったのが、きみまち阪。地名の由来は、明治14年、明治天皇の東北御幸途中、皇后から届いた長旅の天皇を気遣い「大宮のうちにありてもあつき日を いかなる山か君はこゆらむ」としたためられた和歌に由来。

羽州街道の難所は「きみまち阪県立自然公園」として整備

米代川の川岸にまで険しい山が迫る羽州街道の難所で、わずか1里(4km)ながら、その行程は4里にも匹敵するといわれていました。
この断崖絶壁を迂回して、「一里の渡し」と呼ばれる渡船も行なわれていたのです。
弘前藩主がこのルートで参勤交代をする際には、この難所の無事通過を弘前城まで使者が知らせたというほどだったとか。

そんな難路も、明治天皇の東北行幸の前年、山の先端を切り通して緩やかな坂道を掘削し、藤琴川に橋が架橋されています(橋は明治天皇が渡り初め)。

この地で、皇后からの恋文的な和歌を受け取った明治天皇は、それまで馬上坂、畜生坂と呼ばれた羽州街道の難所を、ロマンチックな「徯后阪」(きみまちざか)と名付けたのです。
明治22年、切り通し直下に全長75mの徯后阪隧道が開通、ようやく、難所がトンネルで克服できるようになったのです(トンネルはその後拡幅され、現在も県道として現役)。

屏風岩が連なるきみまち阪一帯は、きみまち阪県立自然公園に指定されており、頂上の駐車場まで、車で上ることも可能で、屏風岩上の展望地や山頂の展望台からは、米代川の挟んで対岸にある七座山を眺望。

七座山は、藩政時代から樹木の伐採が禁じられていたため、見事な原生林が残されています。

ちなみに、皇后から明治天皇への和歌は、夏の長旅を気遣う皇后からの「恋文」ということで、平成6年〜平成15年の10年間に『きみまち恋文全国コンテスト』も開催。
全国から3万4227通が寄せられ、きみまち阪県立自然公園第一広場にある「きみまち恋文ギャラリー」で保管されています。
ハート型の消印が付く「恋文ポスト」、縁結びの恋文神社、ふたりで鳴らすと愛が叶うという「きみまちの鐘」が設置されています。

きみまち阪
名称 きみまち阪/きみまちざか
所在地 秋田県能代市二ツ井町小繋
関連HP 能代観光協会公式ホームページ
電車・バスで JR二ツ井駅からタクシーで5分
ドライブで 日本海沿岸東北自動車二ツ井白神ICから約6km
問い合わせ 二ッ井観光協会 TEL:0185-73-5075
掲載の内容は取材時のものです。最新の情報をご確認の上、おでかけ下さい。

道の駅ふたつい きみまちの里

国道7号沿い能代市二ツ井町にある道の駅が、道の駅ふたつい きみまちの里。日本海沿岸東北自動車道二ツ井白神ICからも近い秋田側の白神探勝の基地となる道の駅で、「歴史・民俗資料コーナー」では米代川の舟運で発達した二ツ井の歴史を解説しています。「

きみまち阪

秋田県能代市二ツ井町、大きく蛇行する米代川の畔にある、かつての羽州街道の難所のひとつだったのが、きみまち阪。地名の由来は、明治14年、明治天皇の東北御幸途中、皇后から届いた長旅の天皇を気遣い「大宮のうちにありてもあつき日を いかなる山か君は

 

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