意外に知らない! わずか12駅の北陸本線は、どこからどこまで!?
もともとは琵琶湖の湖畔、長浜駅と敦賀港を結ぶ鉄道敷設で始まった北陸本線。かつては米原駅〜直江津駅を結ぶ全長353.8kmの幹線で、直江津駅で信越本線に接続していましたが、北陸新幹線の敦賀延伸で、残存率13%という短い「本…
もともとは琵琶湖の湖畔、長浜駅と敦賀港を結ぶ鉄道敷設で始まった北陸本線。かつては米原駅〜直江津駅を結ぶ全長353.8kmの幹線で、直江津駅で信越本線に接続していましたが、北陸新幹線の敦賀延伸で、残存率13%という短い「本…
かつては都市伝説といわれていた「東京の地下鉄は核シェルター」説。ロシア軍のウクライナ侵攻で、俄然、注目されたのが空爆の避難所(シェルター)ともなったキーウ地下鉄(キエフ地下鉄)。第二次世界大戦では、空襲に苦しんだ首都・東…
文化庁宗務課は、毎年『宗教年鑑』を発行し、都道府県別に寺社などの数を公表しています。最新の令和6年版(令和6年12月25日発行)によると、日本で一番神社が多い都道府県は、京都府でも東京都でもなく、意外にも日本海側の新潟県…
FDA(フジドリームエアラインズ/本社:静岡県静岡市)が2025年3⽉30⽇(⽇)、 「福岡=新千歳」(毎日1往復2便)、「新潟=新千歳」(毎日2往復4便)に就航。福岡=新千歳便の機内では軽食サービスも実施され、注目を集…
2023年10月2日に就航した津軽海峡フェリーの「室蘭~青森航路」ですが、運航中の「ブルーマーメイド」に替わり、2025年8月8日(金)室蘭港20:50発の便から、新造船「ブルーグレイス」が就航。8900t、定員422名…
2025年4月16日(水) ~11月5日(水)、東京都中央区日本橋2丁目の「日本橋高島屋」で、『日本橋高島屋S.C. BBQ BEER GARDEN』がオープン。重要文化財である本館屋上の屋上庭園(6000平米)がビアガ…
「桜と弘前城天守、岩木山」一緒に見るのは今年が最後というのをご存知でしょうか? 現在は修理工事のための仮設場所。2025年中にもとの天守台への移設工事が始まるため、「桜と弘前城天守、岩木山」をワンフレームに収めるのは今年…
かつて京都市に、日本最長のケーブルカーがあったことは、あまり知られていません。日本の私鉄は、明治時代後期〜昭和初期に、参詣鉄道として敷設された線が数ありますが、山岳信仰の霊山にもケーブルカーが敷設されたのです。京都では、…
2025年4月15日(火)、立山黒部アルペンルートが全線開通します。それに合わせて、最高所の室堂ターミナル(標高2450m)と、黒部湖側の大観峰(だいかんぼう/2316m)を結び、立山トンネルを走る電気バスが開業。昨年ま…
かつては鹿児島駅と門司港駅を結び九州を縦貫した鹿児島本線。門司港は、上海など国際航路の船が出港する港、そして山陽側・下関港とを結ぶ鉄道連絡船が出ていました。平成23年3月12日、九州新幹線の博多駅〜鹿児島中央駅が全通し、…
江戸時代、諸大名に江戸と領地を往復させ、それぞれに一定期間住まわせたという制度が参勤交代(さんきんこうたい)。江戸からもっとも遠い大名は、南は鹿児島城が藩庁の薩摩藩、北は蝦夷地(北海道)松前城が藩庁の松前藩でした。そのう…
「一度迷ったら出られない」、「コンパスが効かない迷いの森」などといわれる、富士山麓の「神秘の樹海」。実は遊歩道も整備されるほか、キャンプ場もあって、無理やり迷い込まない限りは、人工物のない大自然を満喫することができます。…
日本で唯一、駿河湾で行なわれる桜えび漁ですが、春漁が2025年4月2日(水)に解禁。夕刻に由比港から漁船が出漁し、4月3日(木)には由比漁港・大井川漁港で4249.5kgの初競り(はつせり)が行なわれました。春漁は、6月…
2025年4月15日(火)、立山黒部アルペンルートが全線開通します。開通時の4月15日(火)〜6月25日(水)には、最高所の室堂ターミナルへの出入口の高原バスが走る道路に、圧巻の雪壁「雪の大谷」が誕生します。昨年は、この…
昭和55年6月18日、北海道上川郡比布町を走る宗谷本線の比布駅(ぴっぷえき)のホームで、ピップエレキバンのテレビCMを撮影。樹木希林(きききりん)と藤本株式会社(現・ピップ)の横矢勲(よこやいさお)会長の掛け合いが話題に…
日本最長のケーブルカーは、比叡山への参詣者を運ぶため、昭和2年3月15日に坂本駅(現・ケーブル坂本駅)〜叡山中堂駅(現・ケーブル延暦寺駅)を開業した比叡山鉄道です。明治時代後半〜昭和初期は、全国の私鉄に「参詣鉄道」開業の…
かつて日本最長の鉄道路線は、東北本線(東京駅〜青森駅)で739.2kmもありましたが、東北新幹線開業後、盛岡以北が3セク化された結果、現在では山陰本線(京都駅〜幡生駅)が673.8kmで日本最長。本線ながら通して運転され…
江戸時代には、増減はあるものの、全国にはおよそ300の藩がありました。小藩といわれた藩は、石高が1万石くらいしかなく、財政難に苦しんでいました。そんななかで、わずか5000石という小藩だったのが下野国塩谷郡喜連川(きづれ…