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野菊の墓文学碑

野菊の墓文学碑

松戸市矢切(やきり)と葛飾区柴又(かつしかくしばまた)を結ぶ、矢切の渡し(やきりのわたし)は、伊藤左千夫(いとうさちお)の純愛小説『野菊の墓』の舞台。小説『野菊の墓』では、明治30年代の矢切一帯の情景が描かれており、その一節を刻んだ野菊の墓文学碑が、下矢切の西蓮寺本堂の裏手に立っています。

伊藤左千夫の淡い恋を描いた名作の舞台がここ

伊藤左千夫は、万葉調で写生重視の『阿羅々木』(あららぎ)を編集、アララギ派の基礎をつくった歌人。
元治元年(1864年)、上総国武射郡殿台村十八番屋敷(現・山武市殿台)の農家に生まれ、明治14年、「政界の人たらむとの希望」で開校したばかりの明治法律学校(後の明治大学)に入学(間もなく眼病で中退)。

明治33年、3歳年下の正岡子規に師事し、明治38年に処女作『野菊の墓』を『ホトトギス』に発表します。
「僕の家といふは、矢切の渡しを東へ渡り、小高い岡の上でやはり矢切村といっている所」。
15歳の少年、斎藤政夫と2歳年上の従姉、民子との淡い恋を描いた作品は、夏目漱石も絶賛しています。

昭和30年、木下恵介監督の『野菊の如き君なりき』など何度も映画化やテレビ化がされています。
伊藤左千夫の生家は伊藤左千夫の遺品などを展示する「山武市歴史民俗資料館」の裏手に保存されています。

野菊の墓文学碑の立つ西蓮寺から歩道橋を渡ると野菊苑展望台があり、快晴の日には富士山を眺望します。
西蓮寺と野菊苑の間の坂道「大坂」は、戦国時代に北条氏と里見氏など房総諸将との間で行なわれた国府台合戦(こうのだいかっせん)の激戦地(北条軍と小弓軍が激突)です。

野菊の墓文学碑
名称 野菊の墓文学碑/のぎくのはかぶんがくひ
所在地 千葉県松戸市下矢切261
関連HP 松戸市観光協会公式ホームページ
電車・バスで 北総開発鉄道矢切駅から徒歩15分または、JR松戸駅西口から京成バス市川駅行きで10分、下矢切下車、徒歩15分
ドライブで 首都高速中央環状線四つ木ランプから約9.6km
駐車場 矢切の渡し第2専用駐車場(15台/無料)
問い合わせ 松戸市文化観光国際課 TEL:047-366-7327/FAX:047-711-6387
掲載の内容は取材時のものです、最新の情報をご確認の上、おでかけ下さい。

『矢切の渡し』歌碑

2018年5月11日

矢切の渡し

2018年5月11日

 

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