サイトアイコン ニッポン旅マガジン

旧呉海軍墓地(長迫公園)

旧呉海軍墓地(長迫公園)

広島県呉市上長迫町にある、明治23年に戦没などによる海軍軍人などの埋葬地として開設された帝国海軍の海軍墓地が旧呉海軍墓地(長迫公園)。富国強兵政策で、明治22年に呉に置かれたのが海軍の鎮守府で、その創立に伴って、墓地も整備されています。

海軍呉鎮守府の歴史を今に伝える海軍墓地

第六潜水艇殉難之碑

港の周囲を島と山に囲まれ、さらに背後にも丘陵が迫る呉は、横須賀、佐世保、舞鶴と同じ様な地形で、鎮守府の設置の要件に合致していたのです。
その設置直後に埋葬地に決められたのが、現在の長迫公園。
昭和20年、呉軍港空襲と枕崎台風で荒廃し、関係者により維持されてきましたが、昭和61年、国から呉市に無償で譲与され、2.9haの長迫公園として再整備されています。
現在、所有は呉市、管理は公益財団法人呉海軍墓地顕彰保存会が行ない、毎年、秋分の日には『合同追悼式』が開催されています。

墓地には、戦前に建立された個人墓碑が157基、英国水兵碑1、「戦艦大和戦死者之碑」、「軍艦信濃戦歿者之墓」、「ショートランド島戦没者慰霊碑」、「ソロモン方面第十二防空隊慰霊碑」、「軍艦矢矧殉職者之碑」、「巡洋艦阿賀野慰霊碑」、「伊三六三潜殉職者之碑」、「工作艦明石慰霊碑」、「第六潜水艇殉難之碑」など91基の合祀碑(ごうしひ)が並び、平成17年公開の映画『男たちの大和/YAMATO』のロケ地にもなっています。

ちなみに鎮守府が置かれた各地には、旧呉海軍墓地(長迫公園)のほか、横須賀海軍墓地(馬門山海軍墓地)、舞鶴海軍墓地、旧佐世保東山海軍墓地(東公園)と海軍墓地が残されています。

旧呉海軍墓地(長迫公園)は、日本遺産「鎮守府 横須賀・呉・佐世保・舞鶴~日本近代化の躍動を体感できるまち~」の構成資産になっています。

『呉海軍墓地合同追悼式』
旧呉海軍墓地(長迫公園)
名称 旧呉海軍墓地(長迫公園)/きゅうくれかいぐんぼち(ながさここうえん)
所在地 広島県呉市上長迫町7
関連HP 呉市公式ホームページ
電車・バスで JR呉駅から広電バス・長の木長迫線で長迫町下車すぐ
ドライブで 広島呉道路(クレアライン)呉ICから約2km
駐車場 11台/無料
問い合わせ 呉海軍墓地顕彰保存会 TEL:0823-25-1362
掲載の内容は取材時のものです。最新の情報をご確認の上、おでかけ下さい。

東公園・佐世保東山海軍墓地

長崎県佐世保市東山町にあるのが、東公園で佐世保東山海軍墓地を整備した都市公園。地元では海軍墓地、東山公園と呼ばれています。明治22年7月1日に開庁した佐世保鎮守府(させぼちんじゅふ)ですが、個人墓、艦船や潜水艦、戦線別の慰霊碑があり、戦死・

旧呉鎮守府庁舎(海上自衛隊呉地方総監部第一庁舎)

戦前は海軍の街、そして日本一の海軍工廠の街として発展した広島県呉市。そのシンボル的な存在が旧呉鎮守府庁舎(海上自衛隊呉地方総監部第一庁舎)。明治40年に建てられたレンガと御影石(みかげいし)の美しい建物で、日曜日などに限定公開されています(

 

この記事が気に入ったら
いいね!しよう

最新情報をお届けします

Twitter でニッポン旅マガジンをフォローしよう!

モバイルバージョンを終了