東公園・佐世保東山海軍墓地

東公園・佐世保東山海軍墓地

長崎県佐世保市東山町にあるのが、東公園で佐世保東山海軍墓地を整備した都市公園。地元では海軍墓地、東山公園と呼ばれています。明治22年7月1日に開庁した佐世保鎮守府(させぼちんじゅふ)ですが、個人墓、艦船や潜水艦、戦線別の慰霊碑があり、戦死・殉職した17万6000柱の軍人・軍属の霊が祀られています。

軍歌、唱歌に謳われた戦死者の墓も

東公園・佐世保東山海軍墓地

個人墓は400基ほどあり、日本初のワルツといわれる『美しき天然』作曲者で佐世保海軍第三代軍楽長・田中穂積(たなかほづみ)、日清戦争の逸話に基づく軍歌『勇敢なる水兵』(戦闘の詳細を謳い士気を鼓舞する軍歌)のモデルになった三等水兵・三浦虎次郎(「松島」の下甲板前部弾庫員として、黄海海戦に参戦中、「鎮遠」からの砲弾を受け、副長・向山慎吉少佐に「まだ定遠は沈みませんか」と訊ね、敵戦艦の「定遠」が戦闘不能に陥ったという副長の答えを聞いて微笑んで他界)の墓は有名。

さらに軍歌『赤城の奮戦』(黄海海戦で、輸送船「西京丸」を守備するため、戦列から離れているところを敵の集中砲火を浴び大破)で知られる砲艦「赤城」艦長・坂元八郎太(さかもとはちろうた)の墓、日露戦争における旅順口閉塞作戦を謳った文部省唱歌『廣瀬中佐』で、「闇をつらぬく中佐の叫び 杉野はいずこ杉野はいずや」の上等兵曹・杉野孫七(すぎのまごしち/当時、国威発揚のため東京・万世橋駅前に広瀬中佐とともに銅像が建立されました/戦後撤去)の墓があります。

日清戦争以降、国威発揚ため、戦死を美談として扱い、軍歌や唱歌として流布させたという軍国主義的な世相がありましたが、戦争の犠牲者であることに変わりはなく、平成9年、墓地に傷痍軍人会員が英霊の慰霊と平和を祈念して「慰霊平和祈念碑」も建立されています(現在、佐世保東山海軍墓地は、一般社団法人佐世保海軍墓地保存会が管理)。

艦船や潜水艦の慰霊碑としては、戦艦「金剛」、空母「飛龍」、空母「瑞鳳」、空母「大鷹」、空母「加賀」、軽巡洋艦「矢矧」、水雷艇「友鶴」があります。
戦線別ではラバウル戦友会、サイパン島戦没者、ビルマ方面海軍戦没者などの慰霊碑が建立されています。

佐世保港で爆沈した戦艦「三笠」は339名の犠牲者を出していますが、戦艦「三笠」は舞鶴鎮守府籍の軍艦のため、ここには祀られていません。

東郷平八郎の銅像が立つのは、明治16年、第二丁卯の艦長として佐世保港の調査測量に来航、日露戦争の際、旗艦「三笠」に乗艦し、旅順港の攻撃(旅順口攻撃・旅順港閉塞作戦)、黄海海戦に出撃し、明治32年には、第7代佐世保鎮守府司令長官として佐世保軍港の整備充実に尽力したから。

旧海軍墓地は佐世保のほか、鎮守府のあった横須賀(馬門山海軍墓地)、呉(長迫公園)、舞鶴(共楽公園)にもあり、佐世保東山海軍墓地は、日本遺産「鎮守府 横須賀・呉・佐世保・舞鶴 ~日本近代化の躍動を体感できるまち~」の構成資産になっています。

東公園・佐世保東山海軍墓地
東郷平八郎元帥像
東公園・佐世保東山海軍墓地
名称 東公園・佐世保東山海軍墓地/ひがしこうえん・させぼひがしやまかいぐんぼち
所在地 長崎県佐世保市東山町182-1
関連HP 一般社団法人佐世保海軍墓地保存会公式ホームページ
電車・バスで JR佐世保駅から徒歩30分
ドライブで 西九州自動車道佐世保みなとICから約1.6km
駐車場 あり/無料
問い合わせ 一般社団法人佐世保海軍墓地保存会 TEL:0956-88-8397
掲載の内容は取材時のものです。最新の情報をご確認の上、おでかけ下さい。
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