旧陸軍佐世保要塞・丸出山観測所跡

旧陸軍佐世保要塞・丸出山観測所跡

長崎県佐世保市、俵ヶ浦半島(旧陸軍佐世保要塞俵ヶ浦地区)にの最高部(標高142m)に残る、佐世保要塞時代の砲台・丸出山堡塁に設置された砲戦指揮のために建設された施設の跡が旧陸軍佐世保要塞・丸出山観測所跡。明治34年に建設された佐世保要塞の中では主力となる砲戦砲台の遺構です。

正確な着弾を目指す砲戦砲台の観測施設

旧陸軍佐世保要塞・丸出山観測所跡

丸出山堡塁には、克式35口径中心軸24cmカノン砲4門(日清戦争の戦利砲)、曲射砲である28cm榴弾砲4門を備えていましたが、丸出山観測所は、装備された測遠機で敵艦との距離や弾着地点を観測し、砲台に連絡する施設。
垂直基線式を用い、観測所の標高(142m)と目標の水面の高さを底辺とする直角三角形を形作ることで目標の正確な位置を求め、正確な着弾を測ったのです。

観測所の周囲には濠が掘られ、海上の艦船からは観測兵の移動が見えないように工夫されています。

丸出山観測所跡には、装甲掩蓋(そうこうえんがい)が現存していますが、国内では由良要塞友ヶ島第一砲台(和歌山県和歌山市)と2ヶ所のみに残る貴重な遺構。
丸出山観測所跡の見事な装甲掩蓋は、見学する価値があります(友ヶ島第一砲台はかなり荒廃)。

旧陸軍佐世保要塞・丸出山観測所跡は、日本遺産「鎮守府 横須賀・呉・佐世保・舞鶴 ~日本近代化の躍動を体感できるまち~」の構成資産にもなっています(指定名称は「丸出山堡塁砲台跡・観測所跡」)。

旧陸軍佐世保要塞・丸出山観測所跡
名称 旧陸軍佐世保要塞・丸出山観測所跡/きゅうりくぐんさせぼようさい・まるでやまかんそくじょあと
所在地 長崎県佐世保市俵ヶ浦町
関連HP 佐世保市公式ホームページ
問い合わせ 佐世保市観光商工部観光課 TEL:0956-24-1111
掲載の内容は取材時のものです。最新の情報をご確認の上、おでかけ下さい。
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