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宗谷歴史公園・宗谷護国寺跡

徳川幕府は寺院の建立を禁じていましたが、1802(享和2)年、蝦夷地全島を直轄地とした幕府は蝦夷地に5ヶ寺の建立を許可し、1804(文化元)年に有珠善光寺、様似等樹院、厚岸国泰寺の3寺が開山しています。その後、幕末に秋田藩士の駐屯するソウヤ(宗谷)に建立された寺が宗谷護国寺で、現在は場所を移して再建されています。

江戸時代末、北蝦夷地にあった唯一の寺

1859(安政6)年、有珠善光寺7代住職・性誉仙海は、宗谷の漁場を担当した宗谷場所請負人・「柏屋」藤野喜兵衛のソウヤ支配人・粂屋八郎右衛門と相談し、宗谷に浄土宗の泰平山松寿院護国寺を開山。
幕府直轄の寺として、利尻島、礼文島、さらには増毛から網走まで西蝦夷地・北蝦夷地の広範囲を担当の寺域に、死者供養のため寺僧が巡回していました。

幕府の庇護を失ったこともあって明治17年廃寺となり、明治45年の再建工事の際に堂宇を焼失。
現存する寺は昭和25年、宗谷川の対岸に場所を移して再建したもの。
宗谷護国寺跡地一体は北海道の史跡となり、宗谷歴史公園として保存されています。

境内には、1785(天明5)年の樺太探検後、この地で越冬し、殉職(病死)した幕府普請役・庵原弥六(西蝦夷調査隊)や北辺警備を担当した諸藩士の墓があります。

宗谷歴史公園・宗谷護国寺跡
名称 宗谷歴史公園・宗谷護国寺跡/そうやれきしこうえん・そうやごこくじあと
所在地 北海道稚内市宗谷村宗谷
関連HP 稚内市公式ホームページ
ドライブで 稚内空港から約16.3km
駐車場 5台/無料
問い合わせ 稚内市観光交流課 TEL:0162-23-6161
掲載の内容は取材時のものです、最新の情報をご確認の上、おでかけ下さい。

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