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上ノ国勝山館跡ガイダンス施設

夷王山山頂直下、夷王山駐車場に隣接して建つ勝山館のガイダンス施設。「上ノ国の中世の館(たて)」として北海道遺産にも登録される勝山館・夷王山墳墓群の発掘調査から、北海道の知られざる歴史が次第に明らかになってきました。発掘調査の結果などを展示解説するのが「ガイダンス施設」で、見学する前に訪問するのがおすすめです。

火葬墓、土葬墓をリアルに再現

火葬墓と火葬の跡の再現
屈葬土葬墓のリアルな再現

「上ノ国勝山館跡ガイダンス施設」の館内には勝山館跡の200分の1の模型、土葬墓、火葬墓のレプリカが設置され、勝山館と発掘調査からわかったことをわかりやすく解説しています。

とくに火葬墓1基、火葬の跡1基、屈葬土葬墓5基の7基の墓は、発掘されたそのままに型取りして元の位置に再現しているから非常にリアル。

映像コーナーでは、北の中世史を解説するビデオ「勝山館とその時代」を上映。
鎌倉時代以降、蝦夷地に進出した和人の歴史など教科書などでは学ぶことのない道南の中世を知ることができる仕組みです。

夷王山から眼下にする大澗湾(おおまわん)は、中世の湊。
実は津軽海峡は潮流があり波も高く、津軽に渡るには少し北の沖合からアプローチするのが安全だったのです。

当初は湊に近かった花沢館(天の川河口)から山上の勝山館へと武田信広が居館を移したのはコシャマインの戦いで道南にあった12の館のうち陥落を免れたのは茂別館(もべつだて/北斗市矢不来)と信広らの守る花沢館(上ノ国町勝山)だけだったから。

その反省から信広は洲崎館を新築して移りましたが、さらに防備のしやすい山上へと館を移したのが勝山館です。
中世にアイヌと和人が混住していたと推測される上ノ国の歴史を知るためにも山麓の旧笹浪家住宅の米・文庫蔵(上ノ国の歴史をたどるガイダンス施設)はぜひ合わせて見学を。

勝山館ジオラマ
上ノ国勝山館跡ガイダンス施設
名称 上ノ国勝山館跡ガイダンス施設/かみのくにかつやまたてあとがいだんすしせつ
所在地 北海道檜山郡上ノ国町勝山427
関連HP 上ノ国町公式ホームページ
電車・バスで JR江差線上ノ国駅からタクシーで10分
ドライブで 函館空港から約91km
駐車場 25台/無料
問い合わせ 上ノ国勝山館跡ガイダンス施設 TEL:0139-55-2400
掲載の内容は取材時のものです、最新の情報をご確認の上、おでかけ下さい。

 

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