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大分県内で一番古い老舗の和菓子店「但馬屋老舗」を訪ねる

但馬屋老舗

大分県下で一番古い、豊後竹田の和菓子店「但馬屋老舗」(たじまやろうほ)の創業は文化元年(1804年)。ナポレオン・ボナパルトがフランス皇帝に就任、オーストリア帝国が成立、日米修好通商条約を締結したタウンゼント・ハリスが誕生した年でした。220余年変わらぬ老舗の歴史をその店頭で体感!

岡藩の十代目が初代但馬屋幸助に作らせたのが「三笠野」

店頭に並ぶ三笠野(中央)と銘菓「荒城の月」(右)

岡藩8代藩主・中川久貞(なかがわひささだ)が好んだ奈良・春日野の菓子に「燧焼き」(ひうちやき=つぶし餡を新粉餅で柏餅のように包み込み、鉄板で焼いた菓子)がありました。

10代藩主・中川久貴(なかがわひさたか)が但馬屋の初代・但馬屋幸助に燧焼きを倣って(ならって)作らせたのが代表銘菓「三笠野」です。
奈良の三笠山に因んで名付けた銘菓は、三日月型のどら焼きといったところでしょうか。
210余年変わらぬ製法で、今も作られ、豊後竹田の人々にも愛されています。

滝廉太郎の名曲に因んだ竹田の銘菓「荒城の月」とは

もうひとつ注目の「荒城の月」も、岡藩ゆかりの銘菓です。
岡藩の藩主から、明け方の空に浮かぶ白い月を菓子の名に頂戴して「夜越の月」(やごえのつき)が誕生。
後に大分竹田の土産として広く知って貰いたいと、瀧廉太郎の名曲を菓子の名に改めて「荒城の月」となりました。

黄身あん(白あんに卵黄を加える)をあわ雪(メレンゲに砂糖や寒天を加えたもの)で包んだもので、こちらも江戸時代から変わらぬ味です(画像で白い卵のようなのが「荒城の月」、半月状が「三笠野」)。

力強く縁起の良さそうな蒸し羊羹「竜雲」のお味は?

土産にもう一品加えたいのが、蒸し羊羹「竜雲」。
但馬屋2代目・但馬屋幸助が考案した蒸し羊羹は、国内産の砂糖と小豆、大手亡(おおてぼう=いんげん豆の一種で白あんの材料)、くず粉、小麦粉をあわせて蒸したもので、その模様が竜に群がる雲のように見えるので「竜雲」と名付けられたそう。

白あんと小豆あんの食感が微妙に混ざり合う舌触りが不思議な逸品で、日持ちもするので、土産に加えるにも最適です。

歴史資料館さながらの趣ある店頭が素敵です

「但馬屋老舗」の右側に併設されるのは食事もできる甘味処「茶房だんだん」。
代表銘菓「三笠野」・「荒城の月」と抹茶のセット、ねり羊羹、ぜんざいのほか、おこわ、にゅうめんなども頂けます。
ギャラリーのように整えられた店頭では、笑顔の素敵な店員さんが優しく接客してくれるので、思わず買い過ぎてしまうかも・・・。
店舗奥の中庭や座敷、茶室も老舗ならではの歴史を感じます。

豊後竹田は、明治10年、西南の役(西郷隆盛を盟主にして起こった士族による武力反乱)の茶屋の辻の戦いの主戦場。
西南の役の戦火で往時の店舗は焼失していますが、焼け残った土瓦を使った表瓦積塀は風情も満点です。

城下町散策の途中に立ち寄り、「但馬屋老舗」併設の「茶房だんだん」で一服。好みの和菓子を探り当て、購入するのがおすすめです。

見事な中庭も!
但馬屋店舗裏には歴史を物語る表瓦積塀も!

取材(執筆・撮影)/板倉あつし
取材協力/公益社団法人ツーリズムおおいた

但馬屋老舗
名称 但馬屋老舗/たじまやろうほ
所在地 大分県竹田市竹田町40
関連HP 但馬屋老舗公式ホームページ
電車・バスで JR豊後竹田駅から徒歩15分
ドライブで 東九州自動車道大分光吉ICから約39km
駐車場 5台/無料
問い合わせ 但馬屋老舗 TEL:0974-63-1811/FAX:0974-63-1882
掲載の内容は取材時のものです。最新の情報をご確認の上、おでかけ下さい。

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