瀧廉太郎記念館

瀧廉太郎記念館

『荒城の月』、『箱根八里』などの作曲で知られる瀧廉太郎(滝廉太郎/たきれんたろう)が少年時代を過ごした大分県竹田市の屋敷を再生利用したミュージアムが瀧廉太郎記念館。不朽の名曲『荒城の月』を残し、23歳という若さで夭折した瀧廉太郎は、この家で12歳から14歳の2年6カ月を過ごしています。

瀧廉太郎が少年時代2年半を過ごした家

瀧廉太郎記念館

瀧家は藩政時代、豊後国日出藩(ひじはん)の家老職を務めた上級武士の家柄。
明治維新後、父・瀧吉弘は、官僚となり、その後、地方官として富山や竹田などに赴任。

瀧廉太郎も生後間もない頃から各地を転々としています。
瀧廉太郎記念館では、廉太郎が過ごした土間や庭がそのまま残され、館内には、直筆の楽譜や手紙、墨絵など、廉太郎の作品や遺品が展示されています。
少年時代をドラマ仕立てにした15分のビデオ上映も実施。

中庭では、廉太郎少年が耳にしたであろう竹林の揺れる音、石畳に響く下駄の音などを演出。
また近くにある「廉太郎トンネル」は、中を通ると廉太郎の曲が流れる仕組み。

瀧廉太郎記念館
名称 瀧廉太郎記念館/たきれんたろうきねんかん
所在地 大分県竹田市竹田2120-1
関連HP 竹田市観光ツーリズム協会公式ホームページ
電車・バスで JR豊後竹田駅から徒歩10分
ドライブで 大分自動車道大分光吉ICから約39km
駐車場 竹田市歴史資料館駐車場(20台)を利用/駐車場から徒歩3分
問い合わせ TEL:0974-63-0559/FAX:0974-63-0559
掲載の内容は取材時のものです。最新の情報をご確認の上、おでかけ下さい。

岡城跡

岡城跡は、竹田市街の東2kmにあり、1185(文治元)年、緒方三郎惟栄(これよし)が源義経を迎えるために築城したと伝わる、平山城の跡。標高325m、周囲は2つの川にはさまれ、阿蘇山の火砕流で形成された断崖絶壁に建っているため、難攻不落の名城

廉太郎トンネル

廉太郎トンネル

大分県竹田市、岡城の城下町・竹田の殿町武家屋敷通り(通称「歴史の道」)の一角をなす、瀧廉太郎記念館の近くのトンネルが通称「廉太郎トンネル」。正式名は溝川隧道で、明治12年に完成した歴史ある隧道です。もともとは、江戸時代に酒蔵として掘られた岩

 

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プレスマンユニオン編集部

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