岩手県盛岡市、盛岡駅の南、雫石川を渡った盛岡市中央公園に建つミュージアムが盛岡市先人記念館。明治以降に活躍した盛岡ゆかりの先人130人を紹介していますが、メインは新渡戸稲造(にとべいなぞう)、米内光政(よないみつまさ)、金田一京助(きんだいちきょうすけ)の3人。
明治以降に活躍した盛岡ゆかりの先人130人を紹介
新渡戸稲造は、盛岡藩士で勘定奉行を務めた新渡戸十次郎(にとべじゅうじろう)の三男として文久2年8月8日(1862年9月1日)、盛岡に生まれ、上京し、東京英語学校、さらに札幌農学校(後の北海道大学)、帝国大学(後の東京帝国大学、東京大学)で学び、ドイツ、アメリカに留学。
国際連盟の設立にも貢献し、大正9年の国際連盟設立に際して、国際連盟事務次長にも就任しています。
昭和59年11月1日に発行された五千円紙幣D号券の肖像に採用され、再注目される存在に。
米内光政は、明治13年3月2日、旧盛岡藩士米内受政(よないながまさ)の長男として盛岡に生誕。
明治31年、海軍兵学校に入学し、日露戦争に従軍。
第二艦隊参謀長、第一遣外艦隊司令官、佐世保鎮守府司令長官、横須賀鎮守府司令長官など現場で活躍後、海軍大臣(第19・24代)、内閣総理大臣(第37代)を務めています。
金田一京助は、金田一久米之助(きんだいちくめのすけ)の長男として明治15年5月5日、盛岡に生まれ、東京帝国大学文科大学に入学、アイヌ語の研究に没頭しています。
戦後、三省堂『中等国語 金田一京助編』を執筆し、辞書や教科書の編・監修者として有名。
盛岡市先人記念館では、新渡戸稲造記念室、米内光政記念室、金田一京助記念室のほか、総合展示室で、維新の群像、自由民権の人々、近代政治に尽くした人々、産業・経済・社会の発展に尽くした人々、近代洋学先駆の人々、学術に生きた人々、教育に生きた人々、美を求めた人々、伝統工芸を伝えた人々、文芸に生きた人々と、残りの127名の10テーマに分けて紹介しています。
庶民宰相といわれた原敬(はらたかし)、洋画家の深沢紅子(ふかざわこうこ)も盛岡出身。
石川啄木、宮沢賢治はゆかりとして有名ですが、『白樺』創刊に参加した作家・里見弴(さとみとん)も母・幸子は盛岡藩士・山内七五郎の三女です。
盛岡市先人記念館 | |
名称 | 盛岡市先人記念館/もりおかせんじんきねんかん |
所在地 | 岩手県盛岡市本宮蛇屋敷2-2 |
関連HP | 盛岡市先人記念館公式ホームページ |
電車・バスで | JR盛岡駅から徒歩20分 |
ドライブで | 東北自動車道盛岡IC、盛岡南ICから約5km |
駐車場 | 45台/無料 |
問い合わせ | 盛岡市先人記念館 TEL:019-659-3338/FAX:019-659-3387 |
掲載の内容は取材時のものです。最新の情報をご確認の上、おでかけ下さい。 |
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