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殿様湯跡

殿様湯跡

鹿児島県指宿市西方、指宿市内を流れる二反田川のそばにある、薩摩を治めていた島津家の温泉別荘跡が、殿様湯跡。現存する湯殿の遺構は天保2年(1831年)に第10代薩摩藩主・島津斉興(しまづなりおき)によって長井温泉行館を移設したもの。隣接して公衆浴場の「二月田温泉 殿様湯」があります。

二月田温泉にある島津家の豪華な温泉別荘跡

島津氏は、摺ヶ浜(すりがはま=「砂むし会館砂楽」などのある摺ヶ浜温泉)に温泉別荘を設けていましたが、寛政10年(1798年)、第9代藩主・島津斉宣(しまづなりのぶ=天璋院(篤姫)の祖父)が長井村(現在の弥次ヶ湯付近)に温泉行館を移しています。

第10代薩摩藩主・島津斉興代となり、さらに二月田温泉に移したのが、現存する殿様湯跡となる遺構。
近くにある湯権現神社も、長井村の富豪・濵﨑太左衛門が島津斉宣の温泉行館となる「御座間」を築いた際、創建したもの。
権現とは神仏習合時代、神は仏が仮(権)の姿で現世に現れたという意で、指宿の温泉開拓の拠り所となった社です。

公衆浴場の「二月田温泉 殿様湯」脇にはかつての浴場跡がそのまま保存され、丸に十の字の島津家の家紋の入った石造りの湯船や当時としては珍しいタイル貼りの部分(これより先は足軽以下のものは立ち入り不可)などが残っているほか、奥には指宿温泉開湯のシンボルでもある湯権現(ゆのごんげん)が祀られています。
隣接する「二月田温泉 殿様湯」の源泉温度が56.3度(二月田8号泉)と高温で、殿様湯も源泉をかけ流しにするには少し高温だったため、浴槽は、源泉が4ヶ所ある湯船を次々に回って温度を下げ、適温になるように工夫されています。
湯権現社の「湯権現」の扁額は、有栖川宮の書。

弘化2年(1845年)、島津斉彬(しまづなりあきら)が二月田温泉に滞在中に火事が起き、濵﨑家に避難したとの記録も残されており、富豪・濵﨑家と島津家の密なる関係がよくわかります。

殿様湯跡
名称 殿様湯跡/とのさまゆあと
所在地 鹿児島県指宿市西方1408
関連HP 指宿市考古博物館 時遊館公式ホームページ
電車・バスで JR二月田駅から徒歩10分
ドライブで 指宿スカイライン頴娃ICから約22km
駐車場 15台/無料
問い合わせ 指宿市役所観光課 TEL:0993-22-2111/ FAX:0993-23-4987
掲載の内容は取材時のものです。最新の情報をご確認の上、おでかけ下さい。

二月田温泉 殿様湯

鹿児島県指宿市西方、第10代薩摩藩主・島津斉興(しまづなりおき)が、湯治目的を兼ねて造った別邸の場所にある公衆浴場が、二月田温泉殿様湯。温泉施設は明治28年に民間に払い下げられ、以来、庶民の公衆浴場として愛されてきました。建物の脇には、藩政

湯権現

鹿児島県指宿市西方、公衆浴場の「二月田温泉 殿様湯」、江戸時代の薩摩藩主・島津家の温泉別荘の湯殿跡「殿様湯跡」に隣接して建つのが、湯権現(ゆのごんげん)。神仏習合時代に温泉で快癒することを願い祀られた権現で、現在は湯権現神社となっています。

 

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