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源氏山公園

源氏山公園

神奈川県鎌倉市の源氏山に源頼朝の鎌倉入り800年を記念して昭和41年に造られた公園が源氏山公園。後三年の役(1083年~1087年)で八幡太郎義家が出陣する際、この山に源氏の白旗を立てて戦勝を祈ったと伝えられることから白旗山または旗立山とも呼ばれていました。9.5haの広さを誇り、鎌倉市街を見下ろす巨大な頼朝像がシンボル。

鎌倉時代、一帯は刑場だった

国の史跡、日野俊基の墓

緑豊かな園内には約400本の桜、日野俊基の墓、芝生広場や売店、近くには国の史跡・化粧坂切通し(けわいざかきりとおし)もあります。

ハイキングコースとしても有名で、北鎌倉の浄智寺と鎌倉大仏を結ぶ、葛原岡・大仏ハイキングコースでは、源氏山を横断。
源氏山から扇ガ谷へ続く古道、化粧坂切通しを歩くのも風情があります。
また、鎌倉駅方面に下りる途中には銭洗弁財天宇賀福神社があり、こちらも人気のコースになっています。

鎌倉時代、一帯は刑場でもあり、後醍醐天皇の側近で、執権・北条高時の時代に鎌倉幕府の倒幕に関わった日野俊基(ひのとしもと)もここで処刑され、その墓といわれる宝篋印塔(国指定の史跡)があるほか、日野俊基の霊を祀る葛原岡神社(くずはらおかじんじゃ)が創建されています。
日野俊基の墓近くには富士山を眺望する展望地もあるのでお見逃しなく。

葛原岡という地名は梶原景久(梶原氏の祖)がその祖、葛原親王(かずらわらしんのう)を丘に祀ったことに由来。
さだまさし作詞作曲、グレープが歌ってヒットした『縁切寺』(昭和50年)は、源氏山北麓の東慶寺のことで歌詞にも源氏山から北鎌倉へのハイキングコースが登場しています。

名称 源氏山公園/げんじやまこうえん
所在地 神奈川県鎌倉市扇ガ谷
関連HP 鎌倉観光公式ホームページ
電車・バスで JR鎌倉駅西口から徒歩30分、JR北鎌倉駅から徒歩25分
ドライブで 横浜横須賀道路朝比奈ICから約8km
駐車場 周辺の有料駐車場を利用
問い合わせ 鎌倉市公園協会事務所 TEL:0467-45-2757
掲載の内容は取材時のものです。最新の情報をご確認の上、おでかけ下さい。

化粧坂

海蔵寺から源氏山公園へつながる化粧坂(けわいざか)の切り通し。武蔵国府(現在の府中市・国分寺市)へと通じる古道の鎌倉側の入口で「鎌倉七切通し」(鎌倉七口)のひとつになっています。昼なおうっそうとした暗い道で、昔ながらの土の山道となっています

浄智寺

臨済宗円覚寺(えんがくじ)派に属する鎌倉五山の第4位の寺。第5代執権・北条時頼(ほうじょうときより)の三男、北条宗政(ほうじょうむねまさ)の菩提を弔うため、弘安4年(1281年)、宗政の妻とその子・北条師時(ほうじょうもろとき、後に10代執

高徳院(鎌倉大仏)

鎌倉市長谷にある浄土宗の寺、高徳院。本尊は「鎌倉大仏」、「長谷の大仏」と通称される大仏(阿弥陀如来像)で、国宝。源頼朝が奈良大仏にならって大仏建立を発願しましたが、没後に建築が始まり、現在の大仏は建長年間の鋳造といわれています。台座を含めた

銭洗弁天(銭洗弁財天宇賀福神社)

宇賀福神が、源頼朝の夢枕に立ち、佐助ヶ谷に湧く霊水で神を祀れば、天下太平に治まるというお告げを受けて建立された神社が銭洗弁天と通称される銭洗弁財天宇賀福神社。もとは国家鎮護のために造営されたわけなのですが、今では金運上昇、商売繁盛の守り神と

東慶寺

花の寺としても親しまれる鎌倉にある臨済宗円覚寺派の名刹、東慶寺は、弘安8年(1285年)、北条時宗(ほうじょうときむね)の妻・覚山志道尼(かくざんしどうに)が開山。明治35年までは松ヶ岡御所と呼ばれ、男子禁制の格式高い尼寺でした。「駆込寺」

 

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