サイトアイコン ニッポン旅マガジン

照源寺

照源寺

三重県桑名市にある浄土宗の寺で、桑名藩主・松平家の菩提寺が照源寺。寛永元年(1624年)、桑名藩主・松平定勝(まつだいらさだかつ=徳川家康の異父弟)の死去の際、2代将軍・徳川秀忠の命で、その子・松平定行(まつだいらさだゆき)が建立した由緒ある寺です。

桑名藩松平家の菩提寺

松平定勝の遺骸は照源寺に葬られ、霊牌は江戸・伝通院にも納められています。
松平定勝は、久松松平家の祖であり、松山城に東雲神社の祭神となり祀られるほか、元NHKアナウンサー・松平定知(まつだいらさだとも)は、その末裔。

松平定勝の戒名の崇源院殿から当初、東海山崇源寺と称していましたがが、後に徳川秀忠夫人・お江の戒名・崇源院殿と同じになったため、松平定綱(まつだいらさだつな=徳川家康の甥)が東海山照源寺に改めています。
山号と寺号の頭の文字を取ると東照となるが、これは東照大権現(家康)を祀っているから。
つまり、桑名藩は御三家筆頭である尾張藩の防御、西への備えとして末代まで徳川家を支えるという忠誠を示したわけなのです(寺紋も葵の御紋で、徳川家康の位牌も安置)。

松平定綱も江戸・深川の霊巌寺で火葬されていますが、遺骨は照源寺に運ばれ、埋葬されています。
境内には松平定勝、松平定綱などの墓があり、「松平定綱及び一統之墓所26基」として三重県の史跡に指定。

木・金曜にはてらカフェ「茶所 御堂」も営業。

ちなみに桑名藩で松平家が藩主となるのは、元和3年(1617年)の松平定勝から、松平定行、松平定綱(定行の伊予松山移封に伴い、美濃大垣より弟・定綱入封)、松平定良、松平定重(越後国高田藩に転封)・・・と幕末まで続いています。

照源寺
名称 照源寺/しょうげんじ
所在地 三重県桑名市東方1308
関連HP 照源寺公式ホームページ
電車・バスで JR桑名駅西口から徒歩10分
ドライブで 東名阪自動車道桑名東ICから約3km
駐車場 10台/無料
問い合わせ 照源寺 TEL:0594-22-3924
掲載の内容は取材時のものです。最新の情報をご確認の上、おでかけ下さい。

 

この記事が気に入ったら
いいね!しよう

最新情報をお届けします

Twitter でニッポン旅マガジンをフォローしよう!

モバイルバージョンを終了