鵜倉園地・たちばな展望台(天空のブランコ)
三重県度会郡南伊勢町、伊勢志摩特有のリアス海岸の美しい眺望が展開するのが、鵜倉園地(うぐらえんち)。あけぼの展望台、見江島展望台、かさらぎ展望台、たちばな展望台の4つの展望台がありますが、駐車場から歩いた最奥の高台にある…
三重県度会郡南伊勢町、伊勢志摩特有のリアス海岸の美しい眺望が展開するのが、鵜倉園地(うぐらえんち)。あけぼの展望台、見江島展望台、かさらぎ展望台、たちばな展望台の4つの展望台がありますが、駐車場から歩いた最奥の高台にある…
三重県度会郡南伊勢町、国道260号からみそねの浜を経て、たちばな展望台(天空のブランコ)に向かう途中、かさらぎ展望台近くにあるのが、鵜倉園地・見江島展望台(ハートの入江)。眼下のかさらぎ池(リアス式海岸の湾の入口が閉じて…
三重県鈴鹿市山本町、猿田彦大神(さるたひこのおおかみ)を祀る全国2000余社の本宮で、開運導きの神様として有名な椿大神社(つばきおおかみやしろ)の境内社のひとつが、松下幸之助社。「経営の神様」として知られる松下幸之助を祀…
三重県鈴鹿市、鈴鹿山脈南部にある前衛峰が、入道ヶ岳。標高905.6mと標高はさほどではありませんが山上は草原状となり、晴れていれば伊勢湾、遠く富士山、日本アルプス、白山まで眺望する大パノラマが期待できます。また山麓には椿…
三重県いなべ市、鈴鹿山脈の北部にある標高1099.3mのピークが、竜ヶ岳。滋賀県東近江市との県境に位置しますが、三角点は三重県側にあります。南側の宇賀渓(うがけい)、石榑峠(いしぐれとうげ)からの登山道のほか、南の釈迦ヶ…
三重県南牟婁郡御浜町、熊野古道伊勢路の本宮道にある峠越えのルートが、横垣峠(よこがきとうげ)。神木流紋岩が敷き詰められた石畳が整然と続き人気のハイキングコースとなっています。台風や大雨の後には、通行止めや迂回路が用意され…
三重県南牟婁郡御浜町と熊野市紀和町の境にある標高257mの峠が、熊野古道伊勢路風伝峠(くまのこどういせじ・ふうでんとうげ)。熊野古道伊勢路本宮道の一部で、熊野古道のうち風伝峠道1.8 kmが世界文化遺産「紀伊山地の霊場と…
全国的にも珍しいナローゲージ(特殊狭軌)の北勢線で知られる三岐鉄道。四日市市の近鉄富田駅(きんてつとみだえき)と西藤原駅を結ぶ26.5kmの三岐線では、西武鉄道の旧形電車が大活躍。元西武701系が801系と851系、40…
三重県四日市市釆女町、旧東海道の杖衝坂(つえつきざか)にある神社が、日本武尊御血塚社(やまとたけるのみことおちづかしゃ)。伊吹山での荒ぶる神の祟りで病に倒れた後、急坂を杖を突いて上り、流れ出た血を洗い流した地に建てられた…
三重県四日市市釆女町、国道25号(名阪国道=自動車専用道)の走る東側に並走する旧東海道の坂が、杖衝坂(つえつきざか)。東海道では箱根、鈴鹿峠に次ぐ難所とされ、日本武尊(やまとたけるのみこと)が東征の帰途、伊吹山での荒ぶる…
三重県四日市市追分3丁目、現在、国道1号の追分交差点がある場所が、日永の追分(ひながのおいわけ) 。追分とは、街道の分岐点のことで、日永の追分では東海道から伊勢参宮の伊勢街道が分岐していました。伊勢神宮二の鳥居…
三重県北牟婁郡紀北町、熊野古道伊勢路・馬越峠の西にそびえる標高599.2mのピークが、便石山(びんしやま)。山頂から東側に5分ほどの場所にある絶景スポットが、象の背。その名の通り、象の背中のような露岩(花崗斑岩)で、晴れ…
三重県伊勢市宇治浦田、神宮(伊勢神宮)内宮の近くにある「みちひらきの大神」が、猿田彦神社。『古事記』、『日本書紀』による天孫降臨の際、神々の先頭に立ち道案内をしたという猿田彦大神を祭神とする古社で、猿田彦大神の直系子孫と…
三重県北牟婁郡紀北町長島、紀伊長島の長島地区と中ノ島地区を結び、江ノ浦湾に架かる橋が、長島港江ノ浦橋(昇降式可動橋)。上下に動く珍しい可動橋で、江ノ浦湾に入出港する船舶からの連絡を受けると、橋の中央部分がゆっくりと上がり…
三重県桑名市本町、桑名宗社(くわなそうしゃ)とは桑名神社と中臣神社(なかとみじんじゃ=春日神社)の両社をあわせた名前で、桑名の総鎮守。その社前に立つのが、「勢州桑名に過ぎたるものは、銅の鳥居に二朱女郎」と謳われた東海道名…
三重県桑名市本町、桑名神社と中臣神社(なかとみじんじゃ=春日神社)の両社をあわせた桑名宗社(くわなそうしゃ=桑名の総鎮守)の境内社が、桑名東照宮。元和3年(1617年)、徳川秀忠・江(ごう)の娘・千姫が創建した社で、「恋…
三重県桑名市本町、桑名宗社(くわなそうしゃ)とは桑名神社と中臣神社(なかとみじんじゃ=春日神社)の両社をあわせた名前で、桑名の総鎮守。現在も本殿・拝殿は2宇に分かれ、神紋も異なっています。8月に行なわれる「日本一やかまし…
三重県桑名市長島町、江戸時代、長島藩増山(ましやま)家の重職を務めた久我家の屋敷を再生したのが、長島水辺のやすらぎパーク。藩主・増山家は4代将軍・徳川家綱の生母・宝樹院の縁者であったことから取り立てられた大名家です。明治…