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【新・南都八景】興福寺「若草山からの興福寺遠望」

興福寺「若草山からの興福寺遠望」

奈良市の世界文化遺産「古都奈良の文化財」は令和5年で登録から25年の節目を迎えますが、奈良市観光協会では、12月1日、SNS映えする「新・南都八景」を発表。そのうちのひとつが興福寺「若草山からの興福寺遠望」。興福寺のシンボルともいえる五重塔(国宝)を探しましょう。

若草山から興福寺の五重塔を探す

国宝仏像の指定件数が日本一という興福寺で(「仏像界のスターが集結する国宝仏の宝庫」ともいわれ、金剛力士立像などの諸仏は国宝館に収蔵されています)、奈良公園内にありますが、もともとは江戸時代まで興福寺の境内地だった場所。
明治4年の社寺領上知令で官有地となり、明治11年、荒廃が進む興福寺旧境内の一部を公園地としたのが奈良公園の始まりです。

興福寺は藤原氏の氏寺で、その藤原氏が権力を背景に「春日詣」をしたことで、春日神の地位を高めたのです。
藤原氏の隆盛とともに大和国全体が春日大社の神領となり、春日大社を興福寺が神宮寺として支配するという構図が誕生したのです。

若草山から興福寺を探す方法は簡単。
東大寺の大仏殿をまず見つけ、南側(向かって左側)の五重塔を探せば、そこが興福寺。

興福寺五重塔は、天平2年(730年)、興福寺を創建した藤原不比等(ふじわらのふひと)の娘・光明皇后の発願で創建された塔で、その後5回の焼失・再建を経て、現在の塔は応永33年(1426年)頃の再建。
木造五重塔としては京都・東寺の五重塔(54.8m)に次いで日本で2番目に高い塔で、塔高50.1m。
古都奈良のシンボルタワーにもなっているので、若草山に登ったなら、ぜひ見つけてください。

ちなみにオリジナルの「南都八景」(室町時代の『陰涼軒日録』に初めて登場し、江戸時代に定着)に入っている興福寺は、「南円堂藤」(なんえんどうのふじ)で、重要文化財の南円堂の横に藤棚に咲く藤の花が選ばれています。

【新・南都八景】興福寺「若草山からの興福寺遠望」
所在地 奈良県奈良市雑司町
場所 若草山
電車・バスで 近鉄・JR奈良駅から市内循環バス4〜7分、大仏殿・春日大社前下車、徒歩12分で、または春日大社本殿行きバス7〜10分、終点下車
ドライブで 名阪国道天理ICから約12km
駐車場 若草山山頂駐車場(45台/無料)
掲載の内容は取材時のものです。最新の情報をご確認の上、おでかけ下さい。

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