新潟県長岡市街の中心部から南に約4kmほど、旧三国街道沿いにある摂田屋(せったや)地区。江戸時代から明治、大正期にかけての古い町並みと、味噌・醤油蔵、酒蔵などが並び、昔町の風情を残しています。幕末に北越戊辰戦争時の長岡藩本陣が置かれましたが戦禍から免れ、さらに第二次世界大戦の空襲からも逃れています。
現役の「醸造のまち」ならではの香りと風情が!
摂田屋地区の歴史は古く、中世に街道の要所として、ここを行き交う人のために設けられた休息所を当時「接待屋」(せったいや)と呼んでいたことが、地名の由来とか。
戦国時代には既に醸造業が起こり、江戸時代、佐渡金山と江戸とを結ぶ旧三国街道沿いの要地として発展しました。
米、大豆など、近郊の良質な作物が手に入りやすいという地の利、上野・寛永寺の御料地、いわゆる天領(幕府の直轄地)として保護されることによる優遇措置、さらには豊富な清冽な伏流水という自然環境にも恵まれていたため、味噌・醤油、酒などの醸造業が盛んとなりました。
江戸時代には天領だったため、摂田屋では参勤交代の諸大名(与板藩、村上藩、新発田藩、村松藩など)も籠(かご)を降り、歩いたと伝えられています。
現在も町の中心部に蔵や土蔵が残されており、今でも6軒の蔵元が健在。
なかでも旧三国街道沿いには、レンガ造りの煙突を立てた「越のむらさき」や敷地を街道が貫く「吉乃川」などが建ち並び、往時の風情たっぷり。
機那サフラン酒本舗の鏝絵蔵(こてえぐら)は国の登録有形文化財に指定されています。
機那サフラン酒は、明治から昭和にかけて「養命酒」と勢力を二分した薬用酒(現在はリキュール)。
機那サフラン酒で財をなした豪商・吉沢仁太郎が大正時代に地元の左官河上伊吉に作らせた極彩色の漆喰(しっくい)装飾「鏝絵」で飾った土蔵など個性的な蔵屋敷を築いています。
現在、サフラン酒は、敷地内の一角で吉沢仁太郎商店が製造。
三国街道・摂田屋の町並み | |
名称 | 三国街道・摂田屋の町並み/きゅうみくにかいどう・せったやのまちなみ |
所在地 | 新潟県長岡市摂田屋 |
関連HP | 長岡市公式ホームページ |
電車・バスで | JR宮内駅から徒歩10分 |
ドライブで | 関越自動車道長岡ICから約9.7km。または、長岡南越路スマートICから約7.2km。北陸自動車道中之島見附ICから約14.5km |
問い合わせ | 長岡市観光企画課 TEL:0258-39-2344 |
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