サイトアイコン ニッポン旅マガジン

最教寺

最教寺

空海が唐から帰国後、最初に護摩を焚いたと伝えられる地で、「西の高野山」とも呼ばれる九州の大師信仰の中心地が長崎県平戸市の最教寺。慶長12年(1607年)、第26代平戸藩主・松浦鎮信(まつらしげのぶ)がそれまで建っていた曹洞宗勝音院を焼き払って創建しています。本尊は虚空蔵菩薩。九州八十八ヶ所百八霊場第77番札所。

空海ゆかりの「西の高野山」に参詣しよう

境内には慶長14年(1609年)建立の奥の院、平成元年に弘法大師(空海)の1150年御遠忌を記念して建てられた高さ33.5mの三重の塔など必見の建築物も。
また宝物館である「霊宝館」には国指定重要文化財の『絹本着色仏涅槃図』など、日本の密教美術品や朝鮮李朝期の貴重な作品を展示収蔵しています。

また節分の日に奥の院三重の塔前で行なわれる『子泣き相撲』は、1歳までの赤ん坊が向かいあい、先に泣き出した方が勝ちという行事で、「泣く子は育つ」ということわざに由来。
ちなみに、浄漸寺(佐世保市上原町)に安置される朝鮮半島高麗時代(14世紀後半)の銅造如来坐像は、曹洞宗から真言宗への改宗を拒んで焼き払われた勝音院の仏像という。

空海が遣唐使として船出したのは、延暦23年(804年)7月6日、肥前国松浦郡田浦(現・平戸市大久保町田の浦)から。
これが空海の記録に残る唯一の入唐となります。

最教寺
名称 最教寺/さいきょうじ
所在地 長崎県平戸市岩の上町1206-1
関連HP 平戸市公式ホームページ
電車・バスで JR佐世保駅前から西肥自動車バス平戸桟橋行きで1時間25分、終点下車、徒歩15分
ドライブで 西九州自動車道(武雄佐世保道路)佐世保みなとICから約37km
駐車場 50台/無料
問い合わせ 最教寺 TEL:0950-22-2469
掲載の内容は取材時のものです、最新の情報をご確認の上、おでかけ下さい。

渡唐大師像(空海唐へ船出の地)

2018年11月27日

 

この記事が気に入ったら
いいね!しよう

最新情報をお届けします

Twitter でニッポン旅マガジンをフォローしよう!

モバイルバージョンを終了