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高校野球発祥の地記念公園

高校野球発祥の地記念公園

大阪府豊中市にあるのが高校野球発祥の地記念公園。夏の甲子園で知られる全国高等学校野球選手権大会の前身である全国中等学校優勝野球大会の第1回大会は、大正4年8月18日〜8月23日に、豊中運動場(豊中グラウンド)で開催その跡地を公園として整備したもの。

第1回全国中等学校優勝野球大会を豊中運動場で開催

『第1回全国中等学校優勝野球大会』で始球式を行なう朝日新聞社・村山龍平社長

大正2年5月、綿畑のなかに箕面有馬電気軌道(現在の阪急電鉄)によって開設された豊中運動場(豊中グラウンド)では、6月に『日米大学野球戦』(米国・スタンフォード大学VS慶應義塾大学)、10月に『日本オリンピック大会』というビッグイベントが開催され、豊中停留場が新設されています。
当時、800人を収容することから、「日本一のグラウンド」とも謳われたのです(東京六大学野球の明治神宮球場の開設は大正15年)。

大正7年1月12日には「第1回日本フートボール優勝大会」(ラグビーフットボールと、現在のサッカーに当たるアソシエイションフットボールの合同大会、現在の全国高校ラグビー大会の前身)が行なわれてもいるので、高校ラグビー発祥の地ともいえるのです(大正12年の第6回大会からは会場も宝塚球場へと移り、甲子園球場や西宮球場などを経て、昭和38年の第42回大会からは現在の花園ラグビー場で開催)。


野球に対する人気がそれまでの相撲をしのぐほどに高まったことから、箕面有馬電気軌道は野球に目をつけ、大正4年8月18日〜8月23日に、第1回全国中等学校優勝野球大会を開催。
1塁側・3塁側に700名~800名収容の15段となる木製スタンドを設置、外野は低いレンガ塀の内側を土盛りにして見物席とし、周囲に赤レンガ塀を巡らせ、完全な権威ある野球規則もない時代のこと、当時としては日本一を誇る野球場が誕生したのです。

地区予選も含めた参加校数は73校で、朝日新聞社・村山龍平社長が、始球式を実施。
第1回全国中等学校優勝野球大会の決勝は、秋田中(現・秋田県立秋田高等学校)と京都二中(現・京都府立鳥羽高等学校)の間で行なわれ、延長線の末、2対1で京都二中が勝利し、初代の優勝校に輝いています。

第1回大会、第2回大会と2回の大会を開催していますが、阪神電鉄の築いた鳴尾球場が第3回大会の誘致に成功したため、その後甲子園球場が誕生し、甲子園が高校野球の聖地となっていくのです。

高校野球発祥の地記念公園
名称 高校野球発祥の地記念公園/こうこうやきゅうはっしょうのちきねんこうえん
所在地 大阪府豊中市玉井町3丁目地内
関連HP 豊中市公式ホームページ
電車・バスで 阪急電鉄豊中駅から徒歩5分
駐車場 周辺の有料駐車場を利用
問い合わせ 豊中市広報戦略課 TEL:06-6858-2028/FAX:06-6842-2810
掲載の内容は取材時のものです。最新の情報をご確認の上、おでかけ下さい。

高校野球発祥の地碑

大阪府豊中市玉井町3丁目、高校野球発祥の地記念公園の西エリアにあるのが、高校野球発祥の地碑。大正4年、第1回の大会が行なわれた豊中グラウンドの跡地が公園になったもので、門柱を再現したメインエントランスを入ったレンガウォールに豊中グラウンドの

 

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