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日本通貨発祥の地碑(和同開珎モニュメント)

日本通貨発祥の地碑(和同開珎モニュメント)

埼玉県秩父市黒谷、秩父鉄道の和銅黒谷駅から徒歩15分ほどの谷間にあるのが、日本通貨発祥の地碑(和同開珎モニュメント)。日本通貨発祥の地碑横を流れる和銅沢の少し上流、黒谷1918番地(和銅山)で和銅を採掘し、日本で最初の通貨である「和同開珎」が生まれたため、この地が通貨発祥の地とうことに。

銅が採掘されたことで、日本初の通貨「和同開珎」が誕生

慶雲年間(704年〜708年)に武蔵国秩父郡(現・埼玉県秩父市黒谷)から自然銅(にぎあかがね=熟銅)が発見され、慶雲5年(708年)の正月11日に朝廷(藤原宮)に献上されたため、元明天皇は、同日に元号を「和銅」に改元。
唐の「開元通宝」を模し、「天地和同」「万物和同」などのめでたい言葉をもとに日本最初の流通通貨となる和同開珎(わどうかいちん・わどうかいほう)を発行したのです。

和銅の発見は、罪人の大赦、発見者の恩賞、昇叙などとともに、秩父郡の庸(力役の代納物)と調(特産物貢納)、武蔵国の庸を免除するという大盤振る舞いを生むほどの、国家高揚を支える大事件だったのです。

発見者の一人、新羅系の帰化人と推測される金上无(こんじょうむ)は、官位がない无位(むい)から津島朝臣堅石とともに従五位下へという大出世。
発見の翌年、和銅2年(709年)にはなんと、伯耆国(ほうきのくに=国府は現在の鳥取県倉吉市)の国司・伯耆守(ほうきのかみ)に任命されています。

和銅山に残る100mを超す二条の断層面は、当時の露天掘りの跡ですが、日本通貨発祥の地碑(和同開珎モニュメント)から階段を上って到達します。

日本通貨発祥の地碑(和同開珎モニュメント)
名称 日本通貨発祥の地碑(和同開珎モニュメント)/にっぽんつうかはっしょうのち(わどうかいちんもにゅめんと)
所在地 埼玉県秩父市黒谷1918
電車・バスで 秩父鉄道和銅黒谷駅から徒歩15分
ドライブで 関越自動車道花園ICから約19km
駐車場 20台/無料、聖神社駐車場(50台/無料)
掲載の内容は取材時のものです。最新の情報をご確認の上、おでかけ下さい。

和銅採掘遺跡

慶雲年間(704年〜708年)に武蔵国秩父郡(現・埼玉県秩父市黒谷)から自然銅(にぎあかがね=熟銅)が発見され、708(慶雲5)年正月11日に朝廷(藤原宮)に献上されました。元明天皇は、同日に元号を「和銅」に改元、日本最初の流通通貨となる和

和銅黒谷駅

埼玉県秩父市黒谷にある秩父鉄道秩父本線の駅が、和銅黒谷駅。大正3年10月27日、上武鉄道宝登山駅〜秩父駅の延伸で、黒谷駅(くろやえき)として開業した歴史あるで、駅舎もレトロ。近くに和銅が採掘された和銅採掘遺跡があるため。平成204月1日、和

 

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