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石見国一宮 物部神社

石見国一宮 物部神社

島根県大田市にある石見国一之宮が物部神社(もののべじんじゃ)。JR大田市駅から国道375号を南へ5km、川合地区に鎮座しています。祭神は物部氏の祖という宇摩志麻遅命(うましまじのみこと)。神武天皇の大和平定に部族・物部(もののべ)を率いて参加し、美濃国・越国を平定した後に、当地で没したと伝わります。

物部氏の祖、宇摩志麻遅命が没した地

社伝によれば、継体天皇8年(513年)、継体天皇の命により、その亡骸が葬られた八百山の麓に社殿を創建。
物部氏はヤマト王権で鉄器・兵器の製造・管理を管掌していた氏族です。
宇摩志麻遅命が石見を選んだのは、大陸との交流、石見の製鉄文化、そしてヤマト王権と石見・出雲との関係が背景にはあったと推測できます(邑南町の今佐屋山遺跡から6世紀の製鉄炉が発見されています)。
もちろん、平安時代編纂の『延喜式神名帳』に記載の式内社で、石見国二之宮は、多鳩神社(江津市二宮町)、三之宮は大祭天石門彦神社(浜田市相生町)です。

武の神として名高く、中世には大内氏・毛利氏の戦勝祈願も行なわれています。
社務所では開運・勝運御守などを授与。
また物部氏が武器の製造を行なっていたことから、古くから金属と関わりがあるとされ、金銀銅などの金属の御守も授与しています。

現存する社殿は安政3年(1856年)に行なわれた大改修後のもの。
八百山の山中にある古墳は、宇摩志麻遅命の墓であると伝えられています。

社宝に鎌倉時代に活躍した京・来(らい)派の名工・了戒(りょうかい)の「太刀銘了戒」(たちめいりょうかい)があり、国の重要文化財に指定。
天文11年(1542年)4月2日付の大内義隆(おおうちよしたか)寄進状(物部神社蔵)に記された太刀一腰(ひとこし)にあたる可能性が高いとされ、出雲国の尼子(あまご)氏を攻める際に、戦勝祈願に奉納したもの。

ちなみに、石見国の国府(国庁)は、まだ遺構が発見されていないので定かでありませんが、現在の浜田市にあったと推測されています(国分寺・国分尼寺は浜田市国分町に)。

名称 石見国一宮 物部神社/いわみのくにいちのみや もののべじんじゃ
所在地 島根県大田市川合町川合1545
関連HP 石見国一宮 物部神社公式ホームページ
電車・バスで JR大田市駅からタクシーで10分。または、バスで20分
ドライブで 山陰自動車道出雲ICから約33km、または、江津ICから約42km
駐車場 100台/無料
問い合わせ TEL:0854-82-0644/FAX:0854-82-9298
掲載の内容は取材時のものです。最新の情報をご確認の上、おでかけ下さい。

 

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