ひとことに醤油といっても数ありますが、大別すると、西日本で一般的な薄口醤油(淡口醤油/うすくちしょうゆ)と、東日本の濃口醤油。実はその歴史はもちろんのこと、材料にも違いがあるのをご存知でしょうか。味にうるさい西日本の家庭、醤油の産地では、数種類の醤油を目的別に使い分けています。
江戸時代中期まで、醤油といえば「薄口醤油」だった

もともと醤油は、中国の醤(ジャン)という豆などを発酵させてつくる調味料がルーツ。
四川省発祥の豆板醤(唐辛子味噌)、香港発祥のXO醤の「醤」、中国と朝貢関係にあった韓国の味噌である醤(テンジャン)もその派生です。
日本には奈良時代に渡来し、醤院(ひしおつかさ)が大豆を発酵させて醤(ひしおす)をつくったのが始まり。
現代の醤油が生まれたのは、鎌倉時代の禅寺による味噌作りをベースに、室町時代に液体の「醤油」が誕生しましたが、当初は、味噌の下にたまる「たまり」だったと推測できます。
その後、関西で、大豆、小麦、塩に米を加えてつくる薄口醤油が誕生します。
兵庫県たつの市のヒガシマル醤油は、天正8年(1580年)創業という、日本を代表する薄口醤油のメーカーですが、まさに織田信長活躍の時代に、醤油が工業化したことがわかります。
ヒガシマル醤油に併設の「うすくち龍野醤油資料館」によると、寛文6年(1666年)、「淡口醤油を円尾孫右衛門が造り出し」とあり、ヒガシマル醤油の解説では、たつの市にはミネラル分の少ない軟水があるので、それを使って仕込むと発酵のスピードが緩やかになり、通常より色の薄い醤油が誕生。
しかもその薄い色の醤油が、京の都で好まれたため、より薄くする工夫(塩分濃度を高め、発酵の進行を緩やかにする)がなされているのです。
濃口醤油に比べて発酵のスピードが遅いため、手間暇がかかりますが、塩分濃度は、実は薄口のほうが濃いということに。
薄口醤油の特徴
- 大豆、小麦、米、塩が原料
- 西日本に多い軟水で仕込む
- 発酵時間が長い
- 塩分濃度が高い
- まろやかで上品な甘味と旨味、穏やかな香り
- 素材を邪魔しない上品な味が昆布出汁(こんぶだし)や日本料理によく合う
- 素材の味や色を生かし、さっぱりと仕上げたい料理に最適
(だし巻き玉子、茶碗蒸し、里いもの含め煮、おでん、炊き込みごはん、吸い物)

濃口醤油は野田、銚子で誕生した「江戸の醤油」

対する東日本の濃口醤油は、江戸時代後期に入って完成したという、意外に遅い登場です。
東日本の野田、銚子などは、硬水なので、西日本のように発酵速度の遅い薄口醤油を製造する環境ではありませんでした。
そこで、大豆、小麦、塩を原料に(米を使いません)、比較的に醸造期間の短い醤油をつくることが考案されたのです。
それまでは関西からの「下り醤油」が江戸では一般的でしたが、野田や銚子で、硬水を用いて醸造方法の改良が行なわれ、「関東地廻り醤油」が誕生したのです。
これが現在の濃口醤油で、当初は、「下り醤油」、「地廻り醤油」と区分されていたようです。
享和3年(1803年)の『新撰庖丁梯』(しんせんほうちょうかけはし)には濃口醤油の製造法が記されているので、19世紀初頭には確立されたものだということがわかります。
現在の工業生産量の8割は濃口で、日本の醤油といえば、今では濃口が主流ですが、薄口、濃口という呼び分けができるのは、大正時代頃。
なぜ大衆化し、比較的に短期間で8割ものシェアを有するようになったのかといえば、キリッとした主張のある味が、江戸っ子に好まれたから。
またその自己主張が、刺し身や寿司などにピッタリとマッチしたからでしょう。
関東の鰹節文化も後押ししたのかもしれませんが、製造時間が短いことで量産化ができ、単価が下がるという利点もありました(江戸でも薄口醤油は高級品、江戸醤油とも称された濃口醤油は庶民の味でした)。
こうしてキッコーマン(千葉県野田市)、ヤマサ醤油、ヒゲタ醤油(ともに銚子市)などの大手メーカーが誕生していき、濃口醤油が席巻するようになったのです。
濃口醤油の特徴
- 原料は大豆、小麦、塩のみ
- 仕込み水は硬水
- 発酵時間が短い
- 比較的に塩分濃度が低い
- 醤油の味を主張するキリッとした味と風味
- 深いうま味、まろやかな甘味、さわやかな酸味、味をひきしめる苦味
- 鰹出汁によく合う
- 青魚、肉などコクを出したい料理に最適
(ぶり大根、すき焼き、さばの煮つけ、豚の角煮、関東風おでん、冷やっこ)

| 西日本の薄口醤油、東日本の濃口醤油、何が違う、その使い分けは!? | |
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