サイトアイコン ニッポン旅マガジン

掛川城大手門

掛川城大手門は、二層式の櫓門(やぐらもん)。平成5年の発掘調査で12ヶ所の礎石根固め石が確認され平成7年に往時の位置から50m北にずらして復元されています。棟上には鯱瓦が飾られた勇壮な建物で、観光の拠点となる市営の掛川大手門駐車場(立体駐車場/有料)の目の前にあります。

天守に続いて再建された掛川城の正門

大手門とは、城の玄関にあたる正門。有事の際の脱出ルート的な搦手門(からめてもん)が別に用意されるのが通例で、掛川城も、城の南東側(東海道側)に大手門、西側に搦手門を配していました。
大手門は入城者を威圧するような虎口に四角形の大きな枡形を構え、城内側の門を大手二の門、外側の門を大手一の門とするのが基本設計。東海道側を玄関(大手)とした掛川城も、防御にはぬかりがなく、一の門、二の門のダブルの門構えで入城者をチェックしていたのです。

このうち復元されているのは、大手一の門で、間口7間(12.7m)、奥行3間(5.4m)の二層式の櫓門で、門の内側には礎石根固め石が展示されています。
発掘された「礎石根固め石」は、門の基礎に置かれる礎石とその基部に置かれた河原石の総称。直径2m、深さ1m50cmくらいの大きな穴に、40cm前後の河原石を円形に4~5段積み重ね、その上に門柱の礎石が置かれるという構造です。

ちなみに大手二の門(玄関下御門)は、油山寺に移築されています。

掛川城の大手門は、山内一豊が入城以前には中町の北側、つまり本丸南側にあった(松尾口)と推測され、山内一豊の城下町整備の際に連尺町(現・連雀町)へと移したものです。

掛川城大手門
名称 掛川城大手門/かけがわじょうおおてもん
所在地 静岡県掛川市城下27
関連HP 掛川市公式ホームページ
電車・バスで JR掛川駅から徒歩10分
ドライブで 東名高速道路掛川ICから約2kmで掛川大手門駐車場
駐車場 掛川大手門駐車場(201台/有料)
問い合わせ 掛川市商業観光課 TEL:0537-21-1149
掲載の内容は取材時のものです。最新の情報をご確認の上、おでかけ下さい。

掛川城御殿

掛川城の二の丸にある御殿。御殿とは、藩主や藩の重役が政務を司る城主の公邸、藩の役所、公式式典の場などとして使用された建物。藩政時代の御殿がそのままの姿で現存するのは非常に希少で、掛川城に登城するなら必ず立ち寄りたい場所です。黒澤明監督最後の

掛川城太鼓櫓

城下に時を知らせるための大太鼓が置かれた櫓で、往時には掛川城の三の丸にありました。二の丸にあった荒和布櫓(あらめやぐら)にかわって、昭和30年に太鼓櫓が移築されています。時を告げた太鼓は、掛川城御殿玄関に置かれています。荒和布櫓台の上に移築

掛川城大手門番所

掛川城の正門にあたる大手門横で、城内に出入りする者を監視する役人の詰め所だったのが大手門番所。現存する番所は、江戸時代末期に建てられたもの。この番所が東海道掛川宿から掛川城に入るルートの最初のチェックポイントとなっていました。掛川城に出入り

掛川城

東海道の要衝を守る名城、掛川城。現在の天守は、平成6年、日本で初めて木造で復元された復元天守ですが、往時の様子を忠実に再現しています。近世城郭を築いたのは、平成18年のNHK大河ドラマ『功名が辻』の主人公・山内一豊。天下分け目の関ヶ原合戦前

 

この記事が気に入ったら
いいね!しよう

最新情報をお届けします

Twitter でニッポン旅マガジンをフォローしよう!

モバイルバージョンを終了