東京都千代田区霞が関1丁目、東京の中心、国会議事堂と日比谷公園の間に建つ赤レンガ造りの建物が、法務省赤れんが棟(法務省旧本館)。明治政府が招聘したドイツ人建築家、ヘルマン・エンデとヴィルヘルム・ベックマンが基本設計をし、明治28年に完成したドイツ・ネオバロック様式の洋館です。
東京に唯一現存する明治時代の官庁建築
昭和20年の東京大空襲によって壊滅的な被害を受けたましたが修復、戦後も法務省本館として使用されてきました。
その後平成3~6年に行なわれた保存改修工事により、明治の創建当時の姿に復原、平成6年12月27日には国の重要文化財に指定(外観のみ)されています。
現在は「法務省旧本館」として、法務総合研究所本所、国立国会図書館支部法務図書館、公安審査委員会が入居。
館内3階の一部は、法務史料展示室・メッセージギャラリーとして公開され(西門で法務史料展示室見学を申し出る)、内装にも往時の雰囲気を醸す復原室で、司法制度や赤れんが棟に使われた建築技術などに関する史料を展示。
また建物は毎月第4金曜の日没~21:00まで、ライトアップが行なわれています。
エンデとベックマンの壮大なバロック都市計画
明治政府は,諸外国との条約改正に前にして、近代国家としての行政、司法体制を整えるため、明治19年に西洋式の建築による官庁集中計画に着手。
明治20年、明治政府はドイツのエンデ=ベックマン事務所と契約、基本設計者のヘルマン・エンデ(Hermann Gustav Louis Ende)とヴィルヘルム・ベックマン(Wilhelm Böckmann)は、近代国家として西洋建築による官庁街計画を実現させるため、明治政府がドイツから招いた、いわゆるお雇い外国人ということに。
まず、ベックマンが来日して大規模な官庁集中計画案を作成。
ベックマン帰国後に、官庁集中計画完成案を持ってエンデが来日しています。
建設当時、東京駅から霞ヶ関にかけては赤レンガの洋館が建ち並び、官庁街にもレンガ造りの建物を集中させる計画がありました(パリやベルリンに匹敵するような壮大なバロック都市計画を立案していますが、予算規模が大きすぎるということで、縮小して実現)。
その官庁街建設の計画で建てられたもののうち、唯一現存しているのが、この法務省旧本館です。
当時使用されたレンガは、埼玉県深谷市にあった日本煉瓦製造のもの。
もともと日本煉瓦製造は、この官庁集中計画を実現するためにベックマンが明治政府に進言、その意を受けた実業家・渋沢栄一らが設立した会社。
東京駅にも当時833万個もの日本煉瓦製造社製のレンガが使用されています。
法務省赤れんが棟(法務省旧本館) | |
名称 | 法務省赤れんが棟(法務省旧本館)/ほうむしょうあかれんがとう(ほうむしょうきゅうほんかん) |
所在地 | 東京都千代田区霞が関1-1-1 |
関連HP | 法務省公式ホームページ |
電車・バスで | 東京メトロ桜田門駅から徒歩1分、霞ヶ関駅から徒歩3分、日比谷駅から徒歩6分。JR有楽町駅から徒歩10分 |
駐車場 | なし/周辺の有料駐車場を利用 |
問い合わせ | 法務史料展示室 TEL:03-3592-7911 |
掲載の内容は取材時のものです。最新の情報をご確認の上、おでかけ下さい。 |
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