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乃木坂

乃木坂

東京都港区赤坂8丁目と9丁目の間を通る坂道が、乃木坂(のぎざか)。女性アイドルグループ・乃木坂46の名の由来でもあるため、その「聖地」ともされる坂道で、坂の途中に日露戦争の旅順攻略で知られる乃木希典(のぎまれすけ)の邸宅(旧乃木邸として現存)があったことが名の由来です。

江戸時代には両横に青山組屋敷があり、幽霊坂と呼ばれていた!

江戸時代、一帯は江戸城にも近いこともあり、周防岩国藩吉川家の下屋敷などのある武家屋敷街で、現在の乃木坂も、幽霊坂、さらには行合坂(ゆきあいざか)、なだれ坂、膝折坂(ひざおれざか)などとも呼ばれていました。

江戸時代、青山霊園を中心とする周辺一帯には美濃国郡上藩青山家の下屋敷があり、当時幽霊坂などと呼ばれた現在の乃木坂の両側には青山組屋敷がありました。
乃木希典は、青山組屋敷跡に新居を建てたのです。

現在の乃木坂は乃木公園前(乃木坂陸橋交差点)から上り坂で乃木坂トンネルに向かい、トンネル手前で南に折れ 外苑東通りに合流していますが、往時の坂の形状もよく似ています(当時は幽霊の出るような寂れた場所でしたが)。

明治12年、幽霊坂の途中に居を構えた乃木希典は、大正元年9月13日、明治天皇大喪の日、妻・静子とともにこの乃木邸で殉死。
葬儀には20万人が集まり、その後、軍神として祀られ、各地に乃木神社が建立されていますが、葬儀当日に坂名も乃木坂と改められています。

秋元康とソニー・ミュージックエンタテインメント(SME)との合同プロデュースにより、平成23年8月21日に結成された乃木坂46ですが、ソニー・ミュージックエンタテインメントが所有する「SME乃木坂ビル」で結成メンバーの最終オーディションを行ない、秋元康の提案で「乃木坂」がグループ名になったもの(ソニー・ミュージックエンタテインメントはSME本社の入る「SME六番町ビル」=マネジメント会社・乃木坂46合同会社が入居から「六番町」を提案)。

乃木坂46のメンバーが新成人式を挙げる乃木神社もあることから、乃木坂46ファンの聖地的な存在に(ジャニーズ事務所も実はこの乃木坂の横、ソニー・ミュージックスタジオの入るSME乃木坂ビルにあります)。

ちなみに、乃木坂46、欅坂46(平成27年8月21日結成時の櫻坂46の名称、メンバー募集の際は鳥居坂46でした)、櫻坂46(令和2年10月14日に欅坂46から改名)、けやき坂46(平成27年11月30日結成、平成31年2月11日に日向坂46に改名)、日向坂46(平成31年2月11日、けやき坂46から改名)という坂名はすべて港区にあり(欅坂とけやき坂は同一で六本木けやき坂通りのこと=テレビ朝日横の坂道)、坂道を巡る人の姿もよく見かけます。

乃木坂
名称 乃木坂/のぎざか
所在地 東京都港区赤坂8-11〜9-6
関連HP 港区公式ホームページ
電車・バスで 東京メトロ乃木坂駅から徒歩1分
駐車場 周辺の有料駐車場を利用
掲載の内容は取材時のものです。最新の情報をご確認の上、おでかけ下さい。

旧乃木邸

東京都港区赤坂8丁目、東京メトロ・乃木坂駅近く、乃木坂にあるのが旧乃木邸。乃木希典(のぎまれすけ)は結婚直後の明治12年、ここに移り住み、さらに明治22年、レンガ造りの馬小屋(現存)、そして明治35年、現存する母屋が竣工。大正元年に自刃した

乃木公園

東京都港区赤坂8丁目、外苑東通りに面した港区立の公園が、乃木公園。明治天皇大喪の日、妻・静子とともにこの乃木邸で殉死した乃木希典(のぎまれすけ)。死後、遺言により、土地と建物(現在の旧乃木邸)は公園として東京市に寄付され、敷地全体は乃木公園

日向坂

東京都港区三田1丁目と三田2丁目の間、二之橋から南に上る坂道が、日向坂(ひゅうがざか)。坂の頂上部には、綱町三井倶楽部のシックな洋館が建ち、南側へ綱の手引坂が下っています。日江戸時代前期、坂の南側に徳山藩・毛利日向守(もうりひゅうがのかみ)

六本木けやき坂通り

東京都港区六本木6丁目、六本木ヒルズの中心を東西に貫く、全長400mの坂道が、六本木けやき坂通り。ケヤキ並木や花壇による修景で、四季折々の景観を生み出し、散歩にも絶好。東側の先には東京タワーがあり、夜景も素敵です。11月上旬〜2月中旬には、

六本木さくら坂

東京都港区六本木6丁目、テレビ朝日周辺の再開発で平成15年3月に誕生した全長400mの坂道が、六本木さくら坂。総面積11.6haという大規模な都心の再開発で誕生した六本木ヒルズの南縁部分にあたる通りで、その名の通り、坂の両側には、ソメイヨシ

鳥居坂

東京都港区六本木5丁目、外苑東通りの六本木5丁目交差点から鳥居坂下・大江戸線麻布十番駅方面へと下る坂道が、鳥居坂。江戸時代には坂上に、大名屋敷や武家屋敷が、坂下に町民が暮らした場所で、坂の東側に鳥居元忠が屋敷を構えたから、あるいは、氷川神社

 

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