プリミティブな自然と生態系が残される世界自然遺産の知床半島。その知床で、地元のNPOがせっせと漂着ゴミ(海ゴミ)を除去しているのをご存知だろうか? 2016年5月に知床半島南側の羅臼町(らうすちょう)で『知床岬海ごみフォーラム』が開催されたので、知床の海ゴミの現状を報告します。
知床が世界遺産に登録された理由「アイスアルジー」
まずは、知床が世界遺産に登録された理由を、紹介しよう。
「美しい景観」とか「ダイナミックな自然」なんて言葉が旅行会社のパンフや観光ガイドブックに並んでいますが、実は、知床がそんじょそこいらの自然と異なるのは、そんな景観、自然ではありません。
実は、登録の理由は「知床の流氷を起点とする生態系」。
初春に知床半島と国後島に挟まれた巨大なプールのような根室海峡(羅臼の目の前の海)に流氷はやって来るのですが、この流氷の中に封じ込められた植物性のプランクトンが、「アイスアルジー」。
プランクトンとは水の中の浮遊生物のことをいいます。アイスアルジーとは、もともとは植物プランクトンで、海中に浮遊している状態ではなく、氷の中や表面に付着している珪藻類等のこと(海中に浮遊している場合は、プランクトンと呼ばれます)。
知床の流氷を起点とする生態系は、この「アイスアルジー」がもたらすものなのです。
ということは、羅臼の海こそが重要な「生態系の原点」
『知床岬海ごみフォーラム』にあたって、取材陣が羅臼漁協に取材したところ、
「羅臼沖の海は、他の海域に比べてプランクトンの量が多いことが、北海道の調査で科学的に判明しています。だから羅臼で揚がる魚は脂のノリが良く、浜値が高い」のだそう。
根室海峡や尾岱沼(おだいとう)で産する帆立にはグリコーゲンが多いのも、プランクトンの量が多いことの反映。
「だから、羅臼に泊まって美味しい魚を味わうことは、世界遺産を知ることにつながるんです」(羅臼旅館組合)。
なるほど。
真夏にはマッコウクジラも高確率で観察できる!
「アイスアルジー」(植物性プランクトン)が春先に温められて(根室海峡は流氷の世界南限海域)、爆発的に増殖。それを捕食するのが動物性のプランクトン。さらにそれを求めて、イカや、鮭、そしてマッコウクジラ。鳥類では、南半球のタスマニアからハシボソミズナギドリの大群が根室海峡にやってくるのです(ハシボソミズナギドリ=1年のうちに累計距離にして約3万2000kmを移動)。
『知床岬海ごみフォーラム』の前後に、海洋調査と銘打って、ホエールウォッチングの船にも乗船しましたが、シャチの群れ、見渡す限りといっていいほどのハシボソミズナギドリの大群に出会うことができました。
「7月から9月くらいならマッコウクジラも観察できます。船が出せるような状況なら9割近くの高確率」
とは、観光船の一艘である「エバーグリーン」の船長、長谷川正人さんの話。
「夏休みは長崎大学がクジラの調査で、クジラの見える丘展望台に毎日陣取って、双眼鏡でクジラのブロウ(潮吹き)を確認しています。その位置情報(緯度経度)を観光船に知らせてくれるので、潜った地点がわかれば、そこで40分ほど待っていれば、必ずクジラは上がってくるから」とは、「アルラン3世号」の高橋幸雄船長の解説。
『知床岬海ごみフォーラム』で知床の環境が討議された
東京からのメディア、そして全国から海ごみ問題、環境保全の専門家(パネラー)が参加して開かれた『知床岬海ごみフォーラム』。
基調報告として一般社団法人JEAN(クリーンアップ全国事務局)の小島あずさ代表が、海ゴミ問題の現状を報告。
簡単に解説すると、日本に限らず、世界中で海ゴミの問題は発生していて、日本も被害者というわけではなく、加害者にもなっているとのこと。川や海に流出したゴミは、どんぶらこと流れて、ハワイやアメリカに漂着するという話。
さらに、近年、問題となっているのはマイクロプラスチック。
世界中から海に流れ出るプラスチックの量は、推計最大1300万トンとも推計されていて(NHK『海に漂う“見えないゴミ” ~マイクロプラスチックの脅威~』)。
生活の中で広く使われているプラスチックですが、それが粉々に砕け、世界中の海に漂っているのだとか。
その数、推計5兆個以上!
近年の研究では、マイクロプラスチックが海水中の有害物質を濃縮させさまざまな生物の体内に取り込まれていることも明らかになってきています。
環境省の調査では、1立方メートルあたり平均すると3個程度のマイクロプラスチックがあるのだとか。
これは世界の平均のおよそ30倍の密度!
アジアの国々から大量のごみが海へと流出。それが日本の海をマイクロプラスチックで汚染しているのだと海外のNGO関係者は推測しています。
で、世界遺産に登録される知床半島の海にも・・・。当然、マイクロプラスチックが。
しかも、世界遺産の海岸にもペットボトルや、発泡スチロールの箱がたくさん打ち上げられています。
実際に、知床岬クリーン作戦に参加して、半島先端部の海岸でゴミを拾ってみると、たしかに、漁網などに混じってプラゴミがいっぱい。
ラベルの文字を見ると、ハングル、ロシア語など様々。
「船から捨てられたものだけでなく、アジアのゴミは生活ゴミも多いことがわかっています」
とJEAN(クリーンアップ全国事務局)の小島あずさ代表も解説。
知床の生態系を子々孫々まで守ろう!
『知床岬海ごみフォーラム』で、参加のパネラーから出された意見は、生態系を維持することの大切さ、さらには、環境教育の重要さなど。
日常の生活の中で、ゴミとなるものを減らす努力や工夫の重要さも痛感させられます。
こなごなに砕けたマイクロプラスチックは、鳥や稚魚が餌と間違えて胎内に蓄積し、いずれ、生態系の頂点である海獣、そして人間に高濃度に蓄積・・・。
これは、知床だけの問題にとどまらない大きな課題だということもよーくわかりました。
しかし、世界遺産で、「生態系」が登録の理由である知床ですら、プラゴミだらけという現状は、やはり緊急の課題。
「メディアとして、これまで以上に情報発信、啓蒙しないといけないと痛切に感じました」(時事通信編集委員・曽根洋一郎さん)など、参加したメディア側も、大いに奮起させる内容のフォーラムとなっていました。
「毎年毎年、地元の漁師が知床岬先端部でゴミ拾いを行なっている話にも感動。ぜひ取材したい」とは参加したTBSの広瀬さん。
後日、ニュース番組の中で、特集として取り上げられ、大きな話題となりました。
くどいようですが、世界遺産の知床でさえ・・・、なんです。
「最近の海は少しおかしい。単なる温暖化だけでない気がする」
「このままじゃ、子供に漁師を継がせられない」
「魚の城下町」といわれる羅臼の漁師たちの悲痛な声も、徐々に大きくなっています。
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