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真田の抜け穴(真田古墳)

真田の抜け穴(真田古墳)

和歌山県伊都郡九度山町、真田昌幸・真田信繁(真田幸村)父子の屋敷跡に建てられた寺という真田庵(善名称院)の東180mに「真田の抜け穴」と伝承される岩窟がありますが、昭和28年の発掘調査で横穴式石室を持つ円墳であることが判明、これが真田古墳です。

「真田の抜け穴」の正体は、古墳(真田古墳)だった!

「この穴の向こうは大坂城に続き、真田幸村は監視の目をかすめて抜け穴を使って戦場へ出向いた」という荒唐無稽な抜け穴伝説があったことから、真田古墳と命名されたもの。

石室の天井石が失われているため、地下式石室を覗くことができ、それが抜け穴伝説を生んだもの。
実際には羨道は長さ1.4m、幅1.7m、高さ1.2mで、玄室は長さ3m、幅1.8m、高さ1.7mの規模です。

真田の抜け穴(真田古墳)
名称 真田の抜け穴(真田古墳)/さなだのぬけあな(さなだこふん)
所在地 和歌山県九度山町九度山
電車・バスで 南海高野線九度山駅から徒歩10分
ドライブで 阪和自動車道和歌山ICから約38km
駐車場 なし
問い合わせ 九度山町産業振興課 TEL:0736-54-2019
掲載の内容は取材時のものです。最新の情報をご確認の上、おでかけ下さい。

真田庵(善名称院)

和歌山県伊都郡九度山町(くどやまちょう)、高野山北麓、九度山にある高野山真言宗の寺、善名称院(ぜんみょうしょういん)。真田昌幸・真田信繁(真田幸村)父子の屋敷跡に建立された寺で、真田庵と通称されています。本尊は地蔵菩薩で、牡丹(ぼたん)の名

真田庵・真田昌幸墓所

和歌山県伊都郡九度山町、真田昌幸・真田信繁(真田幸村)父子の屋敷跡に建てられた寺という真田庵(善名称院)の境内にあるのが真田昌幸墓所。真田幸昌は関ヶ原合戦後、長男の真田信繁(真田幸村)とともに九度山に幽閉され、この地で没しています。真田昌幸

九度山・真田ミュージアム

和歌山県伊都郡九度山町にある真田昌幸・真田信繁(真田幸村)・真田大助の真田3代を紹介する歴史博物館が、九度山・真田ミュージアム。九度山は関ヶ原合戦後、真田昌幸・真田信繁(真田幸村)が蟄居させられた場所で、真田一族の苦難の歴史を紹介しています

 

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