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小野田セメント山手倶楽部

小野田セメント山手倶楽部

山口県山陽小野田市小野田にある大正3年6月に完成した洋館が、小野田セメント山手倶楽部。小野田セメント第4代社長・笠井真三が、ヨーロッパ遊学の帰途、イギリスからコンクリートブロックの型枠を持ち帰り、ブロックを製造。そのブロックで建築された珍しい建物で、国の登録有形文化財になっています。

小野田セメントの迎賓館ですが、製品見本も兼ねた建物に

小野田セメントの社交倶楽部ですが、製品見本を兼ねた建物で、屋根は鉄板葺き。
ブロック外面の仕上げは江戸切り、車寄せと西面ベランダにトスカナ式の柱を配した古典的なデザインを取り入れた凝った造りになっています。

現在は太平洋セメントの所有で、外観のみ見学が可能。
隣接地には笠井真三の旧宅もあります。

小野田セメントは、明治14年、笠井順八(笠井真三の父)が、日本初の民間セメント製造会社として創業。

明治維新後に生活の糧を失った士族を救済する殖産興業、そして日本の近代化にセメントが必要であると感じて、原料や燃料を入手しやすい小野田に工場を開設したのです(小野田セメントの設立で、小野田は寒村から近代産業都市へと飛躍、住吉神社境内には創業者・笠井順八の徳を称え、笠井順八翁像が立っています)。

明治6年生まれの次男・笠井真三は、明治23年ドイツに6年間留学(ブラシュツイヒ大学・ミュンヘン大学を卒業)、帰国後、父が創業した小野田セメントに技師として入社、技師長、社長として国内最大級のセメント製造会社に育て上げています(大正13年セメント連合会設立に尽力し、昭和9年、小野田セメント社長に就任)。

工場内には創業時に建造されたセメント焼成用の徳利窯(竪窯)などが残されています。

ちなみに、迎賓館的な要素を有した倶楽部建築としては、綱町三井倶楽部(つなまちみついくらぶ/東京都港区三田2丁目/大正2年、ジョサイア・コンドル設計)、旧門司三井倶楽部(福岡県北九州市門司区港町/大正10年、松田昌平設計/国の重要文化財)などが知られています。

小野田セメント山手倶楽部
名称 小野田セメント山手倶楽部/おのだせめんとやまてくらぶ
所在地 山口県山陽小野田市小野田6094
関連HP 山陽小野田市公式ホームページ
電車・バスで JR南小野田駅、南中川駅から徒歩15分
ドライブで 山陽自動車道小野田ICから約5.5km
駐車場 周辺の有料駐車場を利用
問い合わせ 太平洋セメント小野田工場 TEL:0836-83-3331/FAX:0836-83-2011
掲載の内容は取材時のものです。最新の情報をご確認の上、おでかけ下さい。

旧門司三井倶楽部

大正10年、三井物産門司支店の貴賓をもてなす社交倶楽部として建てられたものが旧門司三井倶楽部。梁や柱を外側に露出したハーフティンバー様式(木骨様式)の木造2階建ての洋館は、国の重要文化財。各部屋にマントルピース(暖炉)が配置され、室内は当時

小野田セメント徳利窯

山口県山陽小野田市にある明治16年に築かれたセメント焼成用の窯が、小野田セメント徳利窯。明治14年に笠井順八が殖産興業の目的で興した日本最初の民間セメント会社・セメント製造会社(小野田セメント)に造られた最初の4基のうちの1基で、セメント焼

 

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