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旧春田鉄次郎邸

旧春田鉄次郎邸

愛知県名古屋市東区主税町(ちからまち)、「白壁・主税・橦木町並み保存地区」を中心に名古屋の近代化の歴史を伝える「文化のみち」途中にあるのが旧春田鉄次郎邸。陶磁器貿易商として成功した春田鉄次郎の邸宅で、創作フランス料理「レストランデュボネ」を営業する店舗部分と、見学者用の公開部分に分かれています。

陶磁器貿易商として成功した春田鉄次郎の邸宅

文化のみち 旧春田鉄次郎邸

徳川家康の命による天下普請(てんかぶしん)で名古屋城築城の際、清洲から城下町ごと移転していますが、その際、名古屋城三の丸(現在、名古屋市市政資料館、名古屋市役所本庁舎、愛知県庁本庁舎が建つ一帯)の東側、「白壁・主税・橦木町並み保存地区」は、かつて300石取程度の中級武士の武家屋敷が建ち並んだ場所
主税町(ちからまち)は、勘定奉行の野呂瀬主税(のろせちから=武田氏家臣で、現在の南アルプス市十日市場出身。武田家滅亡後、尾張藩主・徳川義直の下で勘定奉行に)が屋敷を構えたことが名の由来です。

設計は、建築家で、大正7年から2年ほど名古屋高等工業学校(現・名古屋工業大学)校長を務めた武田五一(たけだごいち)で、大正13年の完成。
春田鉄次郎が住居兼執務・接待用として建てたもので、南側が洋館、北側が和館の和洋折衷。
南側の橦木町にある「文化のみち橦木館」は輸出陶磁器商・井元為三郎の邸宅、周囲には豊田佐助邸、豊田佐吉邸なのもあり、大正時代から昭和初期の陶磁器輸出で財をなした、さらには紡績工業で富を蓄えた資産家が、武家屋敷跡の土地に邸宅を競って建てたことがわかります。

見学者希望の場合は、隣接する旧豊田佐助邸の係員に申し出ること。

ちなみに、名古屋市東区代官町にあるレトロな太洋ビルは、春田鉄次郎が設立した太洋商工の社屋だったもの(昭和6年築)。
旧春田鉄次郎邸から歩けば20分ほどの距離です。

旧春田鉄次郎邸
名称 旧春田鉄次郎邸/きゅうはるたてつじろうてい
所在地 愛知県名古屋市東区主税町3-6-2
関連HP 名古屋観光コンベンションビューロー公式ホームページ
電車・バスで 地下鉄桜通線高岳駅から徒歩15分
駐車場 なし
問い合わせ 名古屋まちづくり公社 TEL:052-222-2314/FAX:052-222-2339
掲載の内容は取材時のものです。最新の情報をご確認の上、おでかけ下さい。

文化のみち二葉館(旧川上貞奴邸)

「日本の女優第1号」といわれる川上貞奴(かわかみさだやっこ)が女優引退後、電力王と呼ばれた福澤桃介とともに暮らしていた邸宅を移築保存したもの。大正2年に「名古屋電燈」の取締役に就任した福澤桃介は木曽川の電源開発に着手するが、その大事業の拠点

名古屋陶磁器会館

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旧豊田佐助邸

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