「ボンネット特急」といえば、国鉄初の特急型直流電車として登場した151系がその代表格。東海道新幹線開通前の東海道本線をビジネス特急としてさっそうと登場した「こだま」で、以降ボンネット特急といえばこだま型といわれるように。先端部の飛び出したボンネットの中には、何が入っていたのでしょう?
「夢の超特急」といわれた電車特急のパイオニアは151系

当時、国鉄の電車主任技師を務めていた星晃(ほしあきら)は、ヨーロッパの鉄道視察途中で試乗したイタリア国鉄で運行されていた高速列車のETR300形展望特急電車を参考に151系の開発をスタート。
ただしETR300形展望特急電車は、客室上部運転席と前面展望なので、実際には異なるスタイルで、このイタリア国鉄の展望車両は名鉄パノラマカーなどに採用されています。
運転台は高速運転に最適として上部運転席というかたちが採用されたものの、展望席は踏切事故を懸念して、見送られたのです。
展望室に代わり、運転席の下には従来は床下に置かれていた電動発電機(Motor Generator)と空気圧縮機(Compressor)を格納する機械室が設けられました。
電動発電機は、車内の照明、空調、制御する回路などに使われる低圧電源を作り出すための装置で、各車両の床下にユニットとして配されていました。
これを先頭部のボンネットに収納すると、床下がスッキリするだけでなく、騒音がなくなるため、室内の静音性が保たれることに。
山手線などの通勤電車は、当然、今も床下配置ですが、この151系ではボンネットに収納することで静音性を保ち、結果として流線型というスピード感のある外観が生まれたのです。
151系は、昭和34年7月31日、東海道本線(金谷駅〜焼津駅間)の高速試験で、163km/hという当時の狭軌鉄道世界最高速度を記録しています。
「夢の超特急」と称されたのは、東海道新幹線の0系ではなく、実はこの151系です。
151系は直流用だったので、交流用に485系を開発し、さらにはL特急時代に活躍した183系・189系電車も基本的にはこのボンネット型です。

| 一世を風靡した「ボンネット特急」、なぜボンネットだった!? | |
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