曾我兄弟の隠れ岩
静岡県富士宮市、白糸の滝、音止の滝の東にある溶岩の巨岩が、曾我兄弟の隠れ岩。日本三大仇討ちのひとつである「曾我兄弟の仇討ち」で、仇討ち直前に兄の曾我十郎祐成、弟の曾我五郎時致が身を隠し、敵(かたき)である工藤祐経(くどう…
静岡県富士宮市、白糸の滝、音止の滝の東にある溶岩の巨岩が、曾我兄弟の隠れ岩。日本三大仇討ちのひとつである「曾我兄弟の仇討ち」で、仇討ち直前に兄の曾我十郎祐成、弟の曾我五郎時致が身を隠し、敵(かたき)である工藤祐経(くどう…
静岡県富士宮市上井出、白糸の滝・音止の滝の東にあるのが、工藤祐経の墓(くどうすけつねのはか)。京の都にも精通することから源頼朝に重用された工藤祐経ですが、建久4年(1193年)、富士の裾野で大規模な巻狩りの際、曾我兄弟の…
福島県大沼郡会津美里町にある会津三十三観音21番札所が、左下り観音(さくだりかんのん)。「首無し観音」を安置する観音堂は、岩壁を切り開いて構築した見事な懸造りの堂で、江戸時代の築。観音堂は平安時代の天長7年(830年)に…
東京都港区新橋2丁目、JR新橋駅汐留口(ゆりかもめ側)にあるのが、鉄道唱歌の碑。D51の動輪とともに駅舎に隣接して設置されています。昭和32年10月4日、鉄道開通85周年記念日に、『鉄道唱歌』の作詞家・大和田健樹(おおわ…
東京都中央区日本橋室町1丁目にあるのが、三浦按針屋敷跡。関ヶ原の戦い直前に日本に漂着したイギリス人(イングランド人)の航海士ウィリアム・アダムスは、五奉行のひとり、徳川家康に迎えられ、江戸に屋敷を構えていますが、その場所…
北海道虻田郡ニセコ町、ニセコ駅隣接地(ニセコ大橋側)に令和3年夏に誕生したのが、ニセコ鉄道遺産群。昭和28年まで簡易軌道真狩線狩太駅、簡易軌道の転車台などがあった場所で、その後、SL「C62ニセコ号」の運転に合わせて転車…
静岡県伊東市渚町、伊豆大島への高速船が出航する伊東港近く、松川(伊東大川)の河口にあるのが按針メモリアルパーク。按針とは三浦按針(ウィリアム・アダムス)のことで、日本に漂着したアダムスは、徳川家康の命により、伊東に日本で…
北海道駒ヶ岳の山麓をぐるりと回る函館本線砂原支線。車で行っても駅が分かりづらいことから「秘境駅」とも称されるのが、渡島沼尻駅(おしまぬまじりえき/北海道茅部郡森町)です。近年、木造の駅舎も壊されたため、ホームがあるだけの…
神奈川県足柄上郡開成町、小田急線・開成駅東口のロータリーの目の前にあるのが、開成駅前第2公園。遊具もない、トイレだけある街区公園ですが、平成13年1月に小田急電鉄から譲渡されたロマンスカーNSE(3100形)が静態保存さ…
京都府京都市右京区にある嵯峨野観光鉄道の駅が、トロッコ嵐山駅。複線電化で廃線となった風光明媚な渓谷沿いを走る山陰本線・嵯峨駅〜馬堀駅間の旧線を観光路線に転用した嵯峨野観光線ですが、トロッコ嵯峨駅〜トロッコ嵐山駅間は山陰本…
京都府京都市右京区にある嵯峨野観光鉄道の駅が、トロッコ嵯峨駅(とろっこさがえき)。複線電化で廃線となった風光明媚な渓谷沿いを走る山陰本線・嵯峨駅〜馬堀駅間の旧線を観光路線に転用した嵯峨野観光線の始発駅。年間輸送人員が10…
和歌山県和歌山市、和歌山駅の東に建つ浄土宗が来迎寺(らいこうじ)。戦国時代にはこの地に、「日本三大水攻め」に数えられる太田城の水攻めで名高い太田城があり、羽柴秀吉率いる大軍に対して雑賀衆(さいかしゅう)が籠城戦を展開しま…
和歌山県和歌山市、和歌山駅の東、東口から徒歩10分程度の場所にあるのが、太田城水攻め遺跡・小山塚。天正13年(1585年)、羽柴秀吉の太田城水攻めは、太田城を取り囲んで大規模な堤を築き、水攻めをして雑賀衆の立て籠もる太田…
岐阜県瑞穂市を走る東海道本線のレトロな橋梁が、甲中吹橋梁(こうなかぶききょうりょう)。JR東海道本線と道路が立体交差する高架部分で、明治20年、大垣駅〜加納駅(現・岐阜駅)間が延伸開業した際に完成したもの。レンガ積みです…
京都府長岡京市勝竜寺にある中世から近世初期の城郭が、勝竜寺城(しょうりゅうじじょう)。細川忠興・ガラシャ夫妻はこの城で祝言をあげ、ゆかりの城となっています。天正10年(1582年)の本能寺の変直後は、明智光秀が羽柴秀吉を…
長崎県平戸市は、中国や朝鮮半島との交流が盛んでしたが、江戸時代には1609年、東インド会社が平戸オランダ商館を開設。この商館建設を徳川家康に助言したのが、エミー賞18冠獲得の『SHOGUN 将軍』で再注目の三浦按針(ウィ…
奈良県高市郡明日香村と橿原市の境、藤原宮の東南の条坊内に計画的に配置された古代寺院の跡が、大官大寺跡(だいかんだいじあと)。飛鳥・藤原地域で建立された古代寺院の中では最大の寺院でしたが、現在は石碑がその場所を示すのみとな…
岐阜県不破郡関ケ原町、関ヶ原の南側、標高290mの松尾山(松尾山城)が、関ヶ原合戦で、西軍ながら東軍に通じていた小早川秀秋が陣を構えた場所。曲輪、堀切、土塁などが残される本格的な山城で、当初は1万5000もの兵を率いて、…